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イイギリ伐採

e0116694_21241559.jpg e0116694_21252648.jpg   菜園の陽射しが悪くなってしまうので、以前から切りたい、切りたいと思っていたイイギリの喬木を、今日ようやく切ることが出来ました。もとは鉢に植えていたイイギリなのに、地面に下ろしましたら数年で電柱より高くなってしまい、太さは電柱を凌駕してしまいました。素人ではもう切れないかな、と半ばあきらめていたのですが、万が一台風などで倒れたりしたら大変だと思い、葉が落ちて幹の水も一番少ない今だと思い、はしごを掛け、先週買い求めたノコギリでの伐採です。「プロに頼んだら」と言っていた連れ愛いは、心配して見に来ました。イイギリの途中の枝は、菜園の日当たりのためにほとんど枝打ちをして取り払っていましたので、足場がほとんどないのです。
  二つ折りの脚立を延ばして一つのハシゴにし、枝を落としたコブに足を載せ、左手で桐の幹をしっかりと抱いて右手でギ―コ、ギーコと頭の上の幹を切っていきます。頭上には、伸びすぎて切り取っていない枝が四方に広がっていて、切るのはいいけど、あの枝が頭に当たったら一巻の終わりだな。もう、これっキリ、なーんちゃって。と、半分ジョーダン、半分本気。新品のノコギリは切れ味は良いのですが、何しろ幹が太いし、生木です。風も今日は強いので、下で見ているより揺れてます。踏ん張っている足場は踏み替えるスペースはないので、両手で幹にしがみついて足を休ませます。 
  ノコギリが、幹の自重で挟まれてニッチモサッチモになってしまわないよう気をつかい、切り落とす幹や枝が頭に落ちてこないよう、地上の、それもまだ何も植えていない所にうまく落とさなければなりません。下では連れ愛も見ています。ノコギリは、刃の長さを生かして大きく振らなければなりません。十五分くらいかかったでしょうか。メリメリッ、バキバキッと音がして、重たい枝を下にするよう幾らか回転してスローモーションを見るように頭上の幹が落ちていきました。ボキッ、バリバリと、向こう側に植わっているビワと少し離れて置いてあった鉢植えの老爺柿とブラックベリーの鉢に枝がぶつかったようです。プラスチックのブルーベリーの鉢は枝に幹の重さが加算されて鉢のヘリは木っ端微塵。土の部分に枝先が突き刺さっています。ありゃ、こりゃ大変だ。でも、ブラックベリーで良かったなぁ。これは丈夫だから。一方、老爺柿は太い枝が完全に折れてしまってます。これは無理だなぁ。でも、いつもいつも、切らねば切らねば、と思っていたので、すっきりしました。

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# by JF1EBPKH | 2018-02-17 22:25 | 晴耕 | Comments(0)

今朝の野猿公苑、小布施

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  今朝の長野・地獄谷野猿公苑は、3月上旬の暖かさで、陽射しも強く、お猿さんもほとんど入浴していませんでした。2年前、連れ愛と来た時は雪ももっとあって、たくさんのお猿さんが入浴しておりました。今日は、欧米から来たたくさんのカメラマンの方が多いくらい。皆、じっとお猿さんが温泉に入るのを待っています。私どもはこのあと小布施に回る予定でしたので、早々に切り上げましたが、北陸や新潟山形は大雪だというのに、長野はほとんど雪がありません。湯田中温泉に泊まったのですが、厚着の支度をしていった私にはちょっと拍子抜けです。
  小布施は閑散として、秋のあの賑わいはどこへ行ったんでしょう。有名なモンブランを持って帰れないか訊ねたのですが、持って帰れるのは中がタルトですとのこと。ここで食べられるのは、中身がアイスクリームなのです。食感がまるで違います。持って帰っても味わいは違うでしょう。
  以前来た時に"フユノハナワラビ"を買った山野草さんを捜して行ってみたのですが、残念。定休日の札が出ておりました。来週また来るので、その時もう一度来てみようかと思います。
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# by JF1EBPKH | 2018-02-14 21:23 | | Comments(0)

長野善光寺に来ています

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長野の善光寺に来ています。もっと雪があると思っていましたが、ありません。寒さもそれほど感じません。北陸に比べたら、なんぼか良いでしょう。 今夜は湯田中温泉に泊まって、明日は温泉につかる猿を見に行くのですが、この分だとそれほどきつくはなさそうです。そう願います。
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# by JF1EBPKH | 2018-02-13 14:38 | Comments(0)

そろそろ春の支度です

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  e0116694_17231304.jpg  今年は、毎週のように寒波、寒波と天気予報やさんが言ってますが、こよみはもう2月です。いい加減に春の支度をしておかないと、農作業が遅くなってしまいます。年が明けたらキヌサヤを植えようと思ってしてましたが、ポットに蒔いたエンドウはちっとも伸びてこないのです。直播きにすると、豆ですから鳥の餌になってしまうので、ポットに蒔いて植え時になってから毎年植替えておりました。それが今年は2月になっても成長が悪くて、地面に降ろせないのです。昨日は、植えようとしたところに耕運機を入れたのですが、何と地面が凍っています。日陰になっているとはいえ、凍っているなんて初めてでした。今年はそれほど寒いんですねぇ。これでは植え替えるわけにはいきません。驚きました。
  それでも、菜園を少し広げようと、カエデの大木とハゼが植えてあったところを掘り起こすことにしました。カエデは直径約30cmほどあります。葉が茂るだけで綺麗に紅葉もしないので、昨年大きな枝は切ってしまったのですが、幹は手持ちの鋸では刃渡りが不足気味で、そのままにしておりました。ホームセンターで新しい鋸を求め、ようやく伐採です。カエデのすぐ脇に植わっているハゼもついでに切って。ユキヤナギや梅の盆栽を下して置いたものは、逆に鉢に植え替えました。ついでにスダチも鉢に植え替えて、ベランダのスダチと並べるつもり。横浜では、スダチは地植えは寒くて実が成らないようですのでね。
  カエデもハゼも、まだ根株はそのままです。結構深く、広そうですので撤去するのは来週かな。鳥のジョウビタキは、土が掘り返されて出てくる虫を待ちながら、私の作業をずっと見守っているようでした。

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# by JF1EBPKH | 2018-02-11 18:03 | 晴耕 | Comments(0)
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  今日は、地図くらぶの現地歩き。先週の講演、"瀬谷の民話:水乞いがあった”というテーマでしたのでそれに関連して、その行事があったお社と、水乞いは農民、特に水田を持つ農民にとっては死活問題ですので瀬谷を代表する河川境川流域を歩くというものです。今では境川流域も宅地化されていますが、昭和30年代中頃までは田んぼばかりでした。なので、今日歩くところは住宅地ですが、昔は田んぼでしたというのも副題です。写真は、瀬谷の日枝社の境内での案内ですが、境内に竹を四方にたて、藁を細く撚って御幣を下げてその竹とで結界を作り、丹沢の大山(別名雨降山)からいただいてきた水を結界の中心に稲わらで作った龍に捧げて祈るという水乞い行事を説明しています。日枝社から狩野川台風で洪水となった境川流域へ下って行き、現在境川遊水地として瀬谷本郷公園へ。南へ下って大門川が境川に合流する地点に設けられたポンプ場(現在は下水道が完備してしまったので休眠施設)を見て、相模鉄道の下をくぐって、かまくら道と呼ばれる旧道を南下していきます。相模鉄道も田んぼの中を土盛りして線路を通しているのですが、瀬谷駅が海抜約70m、ポンプ場あたりが海抜40m強ですから、約30m土盛りしていていることになります。ここは特殊な土盛りをしているらしく、この土盛に入る場合は許可を取れという指示書きの看板が出ております。鉄道土木に詳しい人に尋ねてみたいところです。  今日のご参加者は26名様。前半に少し時間がかかりすぎましたので、相模鉄道から南半分はかなり端折って、終点の宗川寺へは予定通り16時着。現地歩きは約4kmでしたが、私は自宅から瀬谷駅まで(約2km弱)歩きましたので、万歩計では11,490歩。雪の心配も、風の冷たさもなく、皆様お帰りになられました。
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# by JF1EBPKH | 2018-02-03 23:08 | Comments(0)

地図くらぶ講演会2

e0116694_21421475.jpg  先週に続いて、今日は我が地図くらぶの講演会2回目です。テーマは、"瀬谷駅周辺のアパート群"と"「橋戸の雨ごい」にみる瀬谷のようす"の二題。今日は無役なので、司会進行もせず、準備をお手伝いするだけですので、先週より気が楽です。
  瀬谷のアパートの話は、隣駅の三ツ境と比較して、そもそも駅の周辺が畑地であった瀬谷と、森林しかなかった三ツ境の違いから始まったもので云々…。判りやすく解説されていて、頭に入ります。
  もう一つの瀬谷の雨乞いの話ですが、昭和4年でも雨乞いをしていたらしく、その絵まで残っていたなんて、柳田国男の世界を聞いているようでした。横浜市と大和市を境に流れている境川の氾濫から、その支流の細い流れの河川でも、私が小学生の頃にも水が出たくらいですから、農民にとって雨は降っても降らなくても、とても気になるものでしょう。いまだにその思いはあるのですから。
   聴衆は35名様。先週は32名だったから少し増えました。来年はやってね、と会長氏がけしかけますが、いまだにテーマが決められません。相沢川の今昔、なんていいと思うけど。とのご託宣ですが、私は地図の話が訊けると思って会員になったのですから、ちょっと私の希望とは違っております。はて、どうしたものでしょうか。

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# by JF1EBPKH | 2018-01-27 23:23 | 趣味 | Comments(0)

「明治」という国家

司馬 遼太郎/日本放送出版協会

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 昨日も今日も、東京も横浜も今朝は零度以下。さいたま市ではー8.6度だったという。ベランダに置いてある盆栽の鉢が乾いてましたので水をあげましたら、鉢の表面がたちまちに凍ってもうビックリ。いまだかってこんなことはありませんでした。それほど寒さです。
  寒さには強いんだから、と思ってましたが自信過剰ですか。12月から今月にかけて、耳鼻科、泌尿器科、循環器科と病院に行って診てもらっています。
  今年のNHK大河ドラマは『西郷どん』。ここ何年も大河ドラマは見ておりません。ミスキャストが続いていると思っています。長谷川一雄の大石や、緒形拳の秀吉のような、安心して見ていられる俳優がいなくなったなぁと思うことしきりですが、セリフや身のこなしが出来てないように思えます。柳営学の小川恭一先生は、時代劇を見ると腹が立ってくるので見ません、と断言しておられましたが、今はそのお気持ちが判ります。俳優の個性が、役を壊しているのですね。  そもそも、私には西郷ドンが指揮した西南の役がよく理解できていません。版籍奉還、廃藩置県という国家公務員、地方公務員を一気に首にして、新しい政府をつくったのが大久保利通。今に繋がる官僚機構を短時間で作り上げたのは天才としか言えません。その大久保が幼かったころ、彼にご飯を食べさせていたのが西郷です。担ぎ上げられた西郷には人望があり、恨まれた大久保はテロに倒れてしまいますが、政治機構はもちろんのこと、通貨から時間の数え方、ことばまで、文化全般が変わってしまいました。大した混乱もなく。こよみなど、太陰暦から太陽暦に変えた際は、1か月吹き飛ばしてしまったのですよ。テレビも新聞もない時代に、どうやって日本の隅々まで伝達したのでしょうかねぇ。   開国わずか三・四十年で中国、ロシアに勝ち、司馬遼太郎はロシアと外交交渉した小村寿太郎を国賊と罵倒して日比谷交番を焼き討ちした時が、一般大衆が自分たちは日本という国の国民であると意識した初めだと言ってますが、慧眼です。士農工商がなくなり、国民皆兵となったものの、それまでいくさを傍で見ていればよかった農工商の民が日の丸を背負って外国と戦争をしたのです。日露戦争は攘夷ではなく、国防であったのです。ずっと国防であればよかったものを、昭和は何を勘違いしたのか大東亜共栄圏という美名を付けて攘夷を行ってしまいました。司馬遼太郎は、統帥権がそれを可能にしたと結論してますが、これは合点がいきました。司馬史観は色あせていません。

「昭和」という国家

司馬 遼太郎/NHK出版

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# by JF1EBPKH | 2018-01-26 22:40 | | Comments(0)

願成就院

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 e0116694_21451723.jpg    せっかく大仁に来たのだから、どこか観光をと考えていました。私一人なら、駅でレンタサイクルでも借りて、気ままに回ってもいいのですが、今日は連れ愛もいるし、この人は自転車乗れないし、歩いて回るしかありません。土日であれば、伊豆箱根バスが300円で1日乗り放題バスを運行しているのですが今日は月曜日。それに、天気予報では午後から雪という(それも爆弾低気圧の通過による大雪)予報です。じゃあ、韮山の反射炉と願成就院だな、と連れ合いに訊きましたら、どっちでもいいとのこと。どちらも興味なさそうです。  何か便法はないかと伊豆長岡駅前の観光案内所で訊きましたら、やはりタクシーか徒歩で行くしかなさそうです。願成就院へは徒歩約15分。反射炉は徒歩約30分かかるかなと言うことでしたので、とりあえず願成就院へ。このお寺は運慶の国宝作品を5点も収蔵していまして、先日の東博での運慶展でも4点出展していたかと思います。かって学生時代に来た気がするのですが、記憶が確かではありません。現在、願成就院周辺は、"北条の里"と名付けられて、北条政子の産湯を使った跡とか、北条氏政墓などの遺跡を整備しております。もともと平家の流れだった氏政は、朝廷から源氏の嫡流頼朝を見張る役目だったのに、政子が頼朝に嫁ぐと代官の山木氏を倒して、頼朝の挙兵を助けます。願成就院ももとは平泉の毛越寺のような庭園伽藍を持った壮大な寺院だったそうで、その模型や氏政のお墓が境内にあります。運慶は奈良からここに来て、北条氏をパトロンとして造仏したのでしょう。願成就院という寺号も象徴的です。  
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# by JF1EBPKH | 2018-01-22 21:02 | 趣味 | Comments(0)

伊豆の大仁に来ています

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伊豆の大仁に来ています。夕暮の赤富士を期待したのですが、ちょっと空気が湿っていますね。昨日、富士山先生の話しを聞いたからではありませんが、正月だし、若狭に行ってカニも食べて無いし、ということで、富士見遊山カニ食べに大仁です。
この宿には想い出がありまして、渋谷支店にいた頃某生命保険のセールスマンの成績優秀者の表彰旅行を受けておりました。保険会社の支社長さんが、学生時代演劇部にいたそうで、毎回芝居がかったイベントを企画してこい、というご用命でした。群馬の水上温泉では、国定忠治の寸劇のために、映画会社から三度笠と旅合羽、長脇差など一式40人分とか、お座敷列車貸切りした際は新幹線の白い車掌服を借りたりしていました。アイデアが気に入れられると予算は青天井でokが出ますので、その時は伊豆三津浜に繫留されていた《スカンジナビア》という大型クルーザーを貸し切ってのパーティー。衣裳は日本海軍の水兵服。支社長は軍艦マーチでご入場という企画でした。しかし、100人を超える参加者なので、スカンジナビアだけでは宿泊できないので、大仁ホテルに分宿してもらいました。このホテルは、長嶋茂雄選手が現役の頃このホテルで冬季御籠もりをしていたところとして有名でした。今は西武グループから伊東園グループに身売りしてしまいましたが、ちょっと懐かしく思っています。

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# by JF1EBPKH | 2018-01-21 17:02 | | Comments(0)

地図くらぶ講演会

 今日は、我が‘横浜・瀬谷地図くらぶ’の講演会がありました。私メは、司会進行係でございます。仕事での、ツアー説明会などは慣れているつもりですが、今日はちょっと緊張して、間違えたり、漏れがあっては行けないので、あらかじめ案内する事柄を文章にしていました。会場に持参する物もいくつかあるので、忘れないようメモって。
  本日の演題は、『創立100周年 相鉄の語られない過去』と、『旧版地形図の活用~瀬谷周辺の地理と瀬谷から見える丹沢・富士山』の2つ。前段は我がくらぶの同人。鉄道に関わる著作もあって、一年前にも「神奈川県 駅尽くし」という鉄道からバス路線まで網羅した事典のような本を出しております。内容は、前もって会の定例会でリハーサルを兼ねた折に伺っておりますので、目新しい事柄はないのですが、後段の講師は㈶日本地図センターの前常務理事で現相談役、というより富士山のことならこの人という田代博氏です。外部の方に講師をお願いしたのは初めてのことだそうですが、日本地図センターに移られる前は神奈川県立高校で教鞭をとられ、なにより地元瀬谷にある県立瀬谷西高校で6年間地理の授業を担当して、お住まいも希望ヶ丘という身近な存在であるということからお願いしたのでした。お生まれは私と同じ昭和25年とのことですが、学年は一つ上。自己紹介の時などは笑いをふんだんに入れて、もう講師慣れしていらっしゃるので緊張感などなく、私とはえらい違いです。紙の地図は一番売れていた頃の1/20しか売れなくなって、財団の親方国土地理院の存在意義すら危うくなっているという現状から、ご自分たちが発ち上げた《カシミール3D》というソフトと、国土地理院が作成した《地理院地図》を是非ご覧になってくださいなど、瀬谷から見える富士山や、ダイヤモンド富士の写真をたくさん材料にして、講演が終わった後でそのソフトの見方をおまけにご教示いただきました。見ているだけでは、いかにも簡単そうで、自宅に帰ってから早速ダウンロードしましたが、この地図は鮮明で(基本1/25,000)、さらに拡大できるのでもうビックリ。地理院地図も、民業圧迫してしまうとお仲間うちでは話されているとのことですが、グーグルマップに負けていません。全部のサイトを見たわけではありませんが、時代別に地形図が検索でき、横浜市など特定の市が作成した1/3000地図も掲載されているとのこと。地図が電子化され、利用者にはスマホでどこでも地図が見られるようになって、それはそれは便利な世の中になっていますが、紙に印刷された超絶技巧のような地図にも私は魅力を感じます。


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# by JF1EBPKH | 2018-01-21 00:52 | 趣味 | Comments(0)