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ウズベキスタン2

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  1991年ソヴィエト社会主義共和国連邦が崩壊して、中央アジア五カ国は独立しました。カザフスタン、トルクメニシタン、ウズベキスタン、タジキスタン、キリギスです。覚え方は、カトウタキ。スタンとは、ペルシア語で国の意味。アフガニスタン、パキスタン、みーんなそうです。
   その中でも、今回訪れたウズベキスタンは特に親日的な国かと思います。この五カ国の中で唯一成田へ直行便を運航していますし(日系は飛んでいません)、終戦時ソ連に抑留された兵隊が建設した劇場が、タシケントの大地震でも、周りの建築物がすべて崩壊してしまったのにもかかわらず、唯一つ無事だった伝説などから、日本人への印象は良いようです。日本もそれに応えるべく、ウズベキスタンが外国から受けているODAでは毎年第一位の援助をしております(ドイツ、韓国も第一位になったことがあります)。韓国は、終戦時にソ満国境に住んでいた朝鮮民族が、内陸のここに強制移住させられた経緯もあって、大韓航空、アジアナ航空ともソウルから直行便も、貨物専用便(貨物専用空港もあり)も飛ばしております。サムスン、LG、現代など、企業も進出しております。しかし、今回訪問地のホテル視察も十数軒したのですが、フロントに掲示されている世界時計には、ニューヨーク、ロンドン、モスクワと並んで東京が必ずありましたが、北京、ソウルの時刻を表示している時計は一つも見かけませんでした。ちょっと、嬉しい。
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体感したステップ気候ですが、私には誠に快適でした。夏は40度を越すのは毎日で、今回も隣の町ヒバァでは気温が50度になって観光客はホテル待機になったそうですが、湿度がないため、日影に入ると風が汗を乾かせてくれます。今回、遊牧民の生活を体験するため、ユルタ(モンゴルのパオと同じで)とキャンプ宿泊をしましたが、日没の8時をを過ぎると急激に温度が下がり、寝る頃には皮膚がすっかり乾いていて、風呂に入ってさっぱりしたいという気分さえ忘れてしまっていました。日本じゃ考えられません。東南アジアの民族を含めて、温帯モンスーンに生息する人々は水浴する習慣がありますが、砂漠地帯、ステップ地帯の人々は、それがなくても苦にならないのでしょう。天の配在?とも思えます。
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写真のキャンプ場は、タシケントから約5時間入った‘ザーミン国立公園’内にありますが、パミール高原の西の果て、天山山脈の西端です。海抜は約2,000m。寒いので、防寒具を持参せよ、とありましたが、少しなめていました。冬用の衣類は持参したのですが、セーター類などは枕代わりにしただけで着替えず、ウインドブレカーを着ただけでしたので夜中に寒くて眼が醒めてしまいました。テントの外は、たぶん十度近くになっていたのでしょう。朝は、7時を回ると陽射しは刺すように暑くなります。肌には悪い条件かもしれません。冬は、零下30度はざらだそうですが、湿気がないため雪にはならず、除雪も霜柱もなし。春は一気にやってきて、リンゴ、あんず、桃、アーモンドなどが一気に咲き始めます。そしてすぐ真夏。水さえあれば、この気温と日照です。ダムをいくつか見ましたが、灌漑用水さえ手当てが出来れば素晴らしい国になるのではないかと思います。
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e0116694_1083792.jpg  モンゴルのゲル(パオ)はベッドですが、ここは床に寝ます。それがウイグルの習慣だから、変えたくないのだそうです。構造はモンゴルと同じで、素材はフェルトです。
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by jf1ebpkh | 2014-08-16 23:43 | | Comments(0)