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日記


by JF1EBPKH
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神奈川台場

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 神奈川台場_e0116694_23123461.jpg  今日の午後は、神奈川台場見学。上の地図は、集合時にいただいた地図です。明治14年2月内務省地理局測量課作成の横濱實測圖。100年以上も前の地図ですが、コピーとはいえ鮮明ですし、山はケバ式で描かれています。誠に美しい地図で、この地図だけで嬉しくなってしまいます。そして、ご案内は我が横浜・瀬谷地図くらぶの会長。横浜港のことを語らせたらこの人という、これ以上の案内人はいないでしょう。    台場とは、海防のための砲台を築いたもの。近くでは品川台場が有名ですが、JR東神奈川駅から歩いて10分ほどの所にもあったなんて知りませんでした。設計者は、勝海舟。施工は伊予松山藩。品川台場は、江川太郎左衛門設計で、施工は江戸幕府が行っています。神奈川台場は、品川台場より遅れること6年、1860年に竣工しています。ペリーは、横浜に1854年に再来航して日米和親条約を結んでいますので、幕府は大慌てで日本の開港地周辺に幾つもの台場を建設したのでしょう。  神奈川台場_e0116694_23132563.jpg  しかし、台場の役目はまもなくなくなり、埋め立てが進められます。現在ここにはJR貨物の東高島駅がありますが、以前は浅野ドックがあったところです。昔の地図を見ると、一目瞭然です。   神奈川の宿の寺院には、アメリカやフランスなどの領事館が置かれましたので、その場所にはその碑が建っています。また、ヘボン式のローマ字を教えた宣教師ヘボンもここに滞在して、施薬院を開いていました。  帰路は、江戸時代の旧東海道筋に回り、広重描く神奈川区台町に今も残る料亭「田中屋」の前で参加者と記念撮影。ここは、寺田屋騒動で坂本龍馬に急を告げた“おりょう”さんが、勝海舟の口利きで仲居をしていたところでありました。  神奈川区青木橋の本覚寺山門脇にある碑です。ハリスは、渡船場に近く、旧東海道と横浜港を眼下に望めるここを領事館に選びました。下田で、ハリスと開港地を協議した幕府の外国奉行岩瀬忠震の顕彰碑もここにあります。眼下は国道1号線、東海道線、横須賀線、京浜東北線、京浜急行線が並行して走っていますが、江戸末期でもここは海でした。神奈川台場_e0116694_19385383.jpg
by JF1EBPKH | 2016-11-26 22:37 | 趣味 | Comments(0)