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地図記号:水田

e0116694_2281350.jpg  入院中、読書と落語を聴くほかすることもないので、ヤフーのオークションを見ておりました。その中に、中古地図が出ておりまして、「戸塚」明治15年、「横浜西部」昭和56年、「東京西南部」昭和6年などとあります。学生時代、5万分の1地形図を全部集めようかと思ったことがありました。ところが、1,300枚近くあったので、こりゃあ無理。とても買えませんと諦めたことがありました。今、国土地理院はこのような地図を市販していませんので、欲しい場合はパソコンで検索して印刷(有料)するようになっています。学生時代の5万分の1地形図では、印刷部分が連続しての区分図になってましたから、三浦半島などは、先っぽの城ケ島しか印刷されてなくて、大部分が海で、横須賀を買わなければ三浦半島の地形図にならない不便さがありましたが、今は自分の決めたところを中心にして、5万分の1地形図を印刷することが出来るようになっています。
  ヤフオクでの開始価格はいずれも1枚200円。締め切りまで誰も入札しなかったので、結局7枚購入。うち一番古い明治15年の「戸塚驛」は、紙質が古びてないので再販品のようですが、記号はなく、枠外に相模國中部稿一號(第一軍管地方迅速圖)、参謀本部陸軍部測量局とあります。東海道線の横浜ー国府津間が開通するのは明治20年ですので、まだ東海道線は描かれていません。等高線、河川、相模國・/武蔵國の国境線らしきものと、村名、寺社名の記載だけです。しかし、道路はしっかりと実際の道路幅より広く描かれているようです。軍隊を動かすには、道路状況が最重要だったからでしょう。
  日本で地図の記号が正式に定められたのは明治13年の図式で、内務省地理局が作成した2万分の1地形図(いわゆる迅速圖)ですので、この参謀本部の地図は地図記号があっても不思議ではないのですが、描かれていません。写真の地図記号は、昭和21年9月印刷の5万分の1「藤澤」(この図の右上に我が町瀬谷が描かれていますが、厚木の飛行場はまったく描かれていません)ですが、水田の記号が3種類(大正6年図式で)描かれています。最新の平成14年の図式では、田は1種類。昔は、乾田、水田、沼田と区別していたのです。渡し場はもっと詳細で、人、人馬、汽船と分け、川の両側に船があるのか、ないのかの別までわかるようになっています。地図記号としては大正6年の図式が一番細かくて、畑も桑畑、茶畑、苗木畑、果樹園、葡萄畑、三椏(みつまた)畑など、商品作物でも重要な産品の区分がしてありました。時代が必要としたのでしょう。でも、田んぼは稲の切り株を連想させる大正6年図式の方が、ピタッと頭に入るような気がします。
by JF1EBPKH | 2017-01-11 22:06 | 趣味 | Comments(0)