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<   2012年 03月 ( 11 )   > この月の画像一覧

上海博物館

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  格安ツアーなので、有料の施設はほとんど日程に入っていません。六和塔に昇る料金も各自払いでした。庭園が見どころの蘇州や無錫でも、庭園見学は一箇所も入っていません。ですが、上海博物館は無料なので、見学先に入っています。ここには、印鑑と青銅器の良いコレクションがあるので楽しみにしていました。
  
   これは、広東総督の印です。金属製(銀製?)で、縦横10cmくらいあります。自重で押印が出来そうです。この印は、阿片戦争など清末の時代に林則徐や李鴻章などが使った(本人が押印しなくても)のではないでしょうか。そう思うと胸がワクワクしますね。
  下の印の紐(ちゅう)は、水牛が彫られています。材は玉。田黄のような透明感のある艶やかさとぬめりは感じられませんが、何ともいえないいい感じがします。
  ここにはこのような印鑑と、押印した篆刻の印譜が数え切れないほど展示されています。印材、彫刻、篆刻、朱肉の色など、いろいろ楽しめます。
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  漢民族の宝は、玉と青銅器です。どちらも日本文化には無いものなので、あまりなじみはありませんが、青銅器はその意匠と文様が見ものです。これは‘透彫播龍鼓座’とありました。紀元前474年製作です。日本はまだ弥生時代中期、ようやく九州などに青銅製の鏡が出土する頃、このような金属文化を持ち、すでに意匠が系統だてられていたわけです。播龍など想像上の動物を造り出し、精密な鋳物(蝋型?砂型?)技術を持っていました。エジプトやペルシャの動物彫刻も迫力があって素晴らしいですが、想像上の動物をいかにも霊力を持つものとして創りあげていた時代に感服です。
by JF1EBPKH | 2012-03-28 22:55 | | Comments(0)

杭州 六和塔

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  中国にはいくつもの塔がありますが、私はこの六和塔が大好きです。5年前には、杭州の市街地から、銭塘江へグングン下る長い坂道を自転車で行きました。今回は、塔に昇るのは無理かなと思いながら、なんとか5層目まで登ることができました。e0116694_2139978.jpg



宿泊ホテルの窓から、六和塔遠望。
下には、海が逆流する河として地理学的にも珍しい銭塘江が流れています。ここいら辺でも川幅が約1キロあります。
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  北宋の時代970年創建。当初は9層170mあったというが、過去何度も災禍にあい、現在は高さが約60m。日本で一番高い京都東寺とほぼ一緒の高さです。外観は木造で13重の塔。内部はレンガ積7層。六和とは、仏教の六戒(妄語、偸盗、邪淫、殺生、飲酒、不食)、または東西南北天地の6世界とも言われています。
  杭州には、毛沢東が晩年を過ごした別荘に雷峰塔があり、蘇州には東洋の斜塔と呼ばれる虎丘の塔や、北寺塔などがあります。
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by JF1EBPKH | 2012-03-27 21:44 | | Comments(0)

江南の春 ふたたび

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  22日から上海・蘇州・杭州へ行って来ました。江南の春ふたたびです。春なので、菜の花一杯の雲南省羅平か、台湾。昔の北ベトナムなど、いくらか暖かなところを捜していたのですが、羽田発着が条件でした。まぁ、暖かければどこでもよかったのですが、安いパッケージツアーを捜してましたら、阪急交通社で何と29,980円。8日間パターンもあったのですが、それほど休むのもなんだし、連れ愛は27日に用事があるとかで、これにしました。丁度5年前のこの季節に、私は江南地方を訪れており、あのときはひとり旅で自転車を借り、走り回って結構汗をかいた記憶がありました。連れ愛も行ったことがあるのですが、今回はどこも4星ホテルだし、バスに乗っていればいいだけなので気楽です。
   ところが、今年は中国も不純な天候だったそうで、上海到着日は雨。2日目の無錫、蘇州は大風と大雨に降られ、太湖遊覧は欠航。ようやく3日目の蘇州から快晴になり、春らしい季節となりました。訊けば上海は先週はずーっ曇天で寒かったとのこと。日本と一緒です。今回は烏鎮(うちん)など、水郷古鎮はどこも寄らず、オプショナルツアーも参加せず、お土産も買わず、現地ガイドさんにはもうからないお客になったことと思われたことでしょうが、私どもには、あわただしくもなく、買い物もしなかったので、いい骨休めになりました。
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 杭州での西湖遊覧。杭州は丁度週末の土曜日だったため、車は大渋滞。詩人で役人でもあった蘇東玻が造った堤防‘蘇堤’は散策する人でいっぱい。5年前と比べても、人々の生活が向上してきているのが解ります。走るマイカーは、ドイツ車と日本車、韓国車ばかり。日本よりも、高級車の割合が高いです。
by jf1ebpkh | 2012-03-26 22:00 | | Comments(0)

ジャガイモ

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 ようやく休日の晴天です。やっとジャガイモが植えられます。昨年より約3週間遅いです。
農協で、中学時代のクラスメートI君のところの種イモを売っていましたので、買っておきました。‘ニシユタカ’というあまり聞きなれない品種でしたが、調べてみましたら暖地向きの品種で、新ジャガで出てくる銘柄という早生種でした。
  早生種ばかりだと長持ちしないので、‘キタアカリ’も植えるつもりです。昨年収穫したものをまだ食べておりますが、ここ数年はずっと‘キタアカリ’ばかりでした。どっちが美味しいでしょう。実りが楽しみです。


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  今朝、ウグイスの初音を聞きました。ホーケェチョと、まだ修行が足らないようですが、春らしい風情です。

  昨年は中止となった米軍主催の桜祭りも、今年は例年通り行われるようです。トモダチ作戦の御礼も兼ねて、賑やかしに行ってみるつもりです。
by jf1ebpkh | 2012-03-20 22:29 | 晴耕 | Comments(0)

時代小説を読む

  ここのところ、時代小説をずっと読んでいました。上田秀人著『奥右筆秘帳』(講談社文庫)です。9巻目まで出ていますが、飽きさせません。著者の本業は歯医者さんだそうですが、芝居で言うところの殺陣の描写が秀逸です。きっと、剣道の有段者でもあるのでしょう。この人の『お髷番承り候』(徳間文庫)でもそうでしたが、身分は低くても将軍のおそばに仕える役どころと、剣の腕が立つという共通点で描く武士の世界は見事です。
  一方同じ講談社文庫でも、和田はつ子著お医者同心『なみだ菖蒲』は最低。読んでいて腹が立つこと再々でした。いくら創作の世界であっても、話の筋立てが珍腐だし、時代考証に信憑性が感じられません。カモミールやラベンダーは江戸末期には栽培されていたでしょうが、育種出来たのは小石川の御薬園ほか数えるほどでしょう。大店の主の好物に鯛の丸揚げが描かれていますが、噴飯ものです。町家で油を使った揚げものですよ。それも鯛の丸揚げです。油の種類、鍋の大きさ、火力も。当時の鍋、竈を考えてもごらん遊べ。家康は鯛の天ぷらで命を落とした伝説もあります。当時としては、験の悪いメニューだったと記憶しております。ほかの作者ならば、考証事は説明をしております。この作者は言葉も現代的だし、深夜でも好きに出歩いています。それだけでも時代小説の雰囲気を壊しています。こんな時代小説をよくも出版したものだと、講談社の編集部に抗議文を出そうかと思ったほどです。高校生の創作でも、もそっとましでしょう。読んでいて腹が立って、目が覚めっぱなしでした。

継承 奥右筆秘帳 (講談社文庫)

上田 秀人 / 講談社



  今日はジャガイモを植える予定にしていたのに、天気がまたも良くなくて延期です。土をもう一度掘り返してきました。種イモはとうに用意してあるのですが。
by jf1ebpkh | 2012-03-18 18:27 | | Comments(0)

インドビザ2

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  本日、ようやくビザが取れました。
今朝10時頃インド大使館から電話があり、ビジネス・1年・数次ビザで申請されているが、会議・1カ月・1回ビザでよろしいか、との問い合わせがあり、それで良いと回答して、無事夕刻6時前に旅券を受領。今日福岡に転勤された方には、小石川〒から書留速達にてお送りいたしました。ホッと一安心です。6日に申請してますから、10日目に交付されたわけです。窓口の職員とは、もう顔なじみになってしまいました。
by JF1EBPKH | 2012-03-15 23:56 | 仕事 | Comments(0)

インドビザ

  先週入れたインドビザが、まだ発給されません。通常なら2日後に返してくれる旅券が戻ってきていません。今週は毎日ビザセンターに行ってます。夕刻5時から受領となっていますが、九段にあるインド大使館から、茗荷谷のビザセンターへ旅券が届くのが毎日遅くて、一昨日は18時を回ってから受領受付が始まりました。待合場所は混雑しすぎで、入場制限もしております。
  何しろ、ビザ書類の受け渡しは、このビザセンターでしか行われないので、窓口の担当者に何故遅いのか尋ねても、ここは受け渡しの業務しか出来ないので、回答が出来ないのです。先週末、申請者本人にインド大使館から、ビザの申請種別が違うので確認したいという質問の電話があり、ビザ申請に必要な推薦状を書いていただいている責任者からインド大使館へその会議の主旨を伝え、現地の国際会議を主宰する箇所からも改めてレターを出してもらったのですが、未だです。申請者は4名。その中の1名様は、15日の午前までは筑波、その後は福岡に転勤してしまうのです。出発日は18日なので、木曜日には旅券をもらわないとお渡しができなくなります。最悪、成田空港渡しになってしまいます。ドキドキ。推薦状を書いていただいている方から、大使館側からはビザを下ろしますという言質はもらっていますので、と伺ってはおりますが、旅券が戻るまでは安心できません。旅行代理店にとって、ビザ申請ほど手間と神経を使うものはありません。
by JF1EBPKH | 2012-03-14 22:17 | 仕事 | Comments(0)

3月11日

  今日は朝から震災の番組ばかりです。もう、泣けて仕方ありません。テレビは早々に切ってしまいました。それにしても遅いです。素人の政治家しかいないのでしょうか、日本には。
  また、東京直下型地震のうわさもありますが、地震が起きたら車は運転するなと、何故言わないのでしょう。安政の大地震、関東大地震の直後から言われていたことではないですか。消防車、救急車が通れなくなるだけでなく、車はガソリンを積んでいます。地球の歴史から言えば、1年なんてほんの数秒でしかありません。地殻はまだ動いていると思います。富士山だって、今年は全面白くなっていなかった気がします。
  想定外だなんて言い訳けしてますが、原子炉の電源がすべて切れた場合どうするのか、と国会で地震が起こる数年前に質問していた議員がいます。安全な作りになっているから安全だ、と答弁した人はどう責任をとるのでしょう。想定外だなんて嘘だったんです。想定してた人がいるのですから。
  瓦礫の始末さえ出来ない国民に、絆なんてそれこそ想定外でしょう。日本人は劣化してしまったのでしょうね。私だって、ただ立ち尽くすだけしか出来ません。
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  畑にフキノトウがようやく出てきました。ジャガイモの植え付けは来週にします。昨年より3週間遅いでしょうか。

  
  
by jf1ebpkh | 2012-03-11 22:46 | 日常 | Comments(0)

ビザ2

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  入国のビザを出す、出さないは相手国の専権事項なので、何故出さないかを説明する必要はありません。心配させるために、出発予定日の前日に出したり、申請時にあれこれ意地悪?されたり(少なくとも申請者はそう感じることがあります)します。
  私の事例ではこんなことがありました。ある参議院議員がアメリカへ公用旅券で入国申請をしたのですが、いったんビザを下ろしてから、あれは間違いで再交付するから旅券をいったん戻して欲しいというオーダーです。仕方なく、外務省から口上書(こうじょうしょ)を再交付してもらい、申請のやり直しです。そして返されたビザページには大きな赤いXが押印され、別ページに新しいビザが交付されておりました。意味がわかりません。この議員に対しての嫌がらせ?(自民党の議員さんです)としか思えませんでした。
  また、こんな事例もありました。どこの国出も、観光ビザは比較的簡単なのですが、英国は最近手続きが非情に厳しくなっています。中国からの留学生だったのですが、学校の研修旅行でロンドン・パリへ行く予定でした。日本人が観光で英国にいく場合は、旅券が有効であればビザなどいらないのですが、中国人が英国に行く場合ビザが必要です。まず、パソコン上で申請書の質問事項(100項目以上あります)に回答して、OKとなれば申請するアポイントをとります。それに学校発行の推薦書、飛行機、およびホテルの予約確認書、日程書、その旅行経費を誰が負担するかの証明書、預貯金残高証明書、旅行傷害保険は必須です。それらの書類を全部そろえ、英国ビザ専門の扱い箇所で申請します。英国は現在、東アジア方面のビザセクションをフィリピンのマニラにおいて集中処理をしています。ですので、日本で受理されても、マニラではねられて、書類不備で戻されてしまう可能性があります。申請から交付まで、最低1ヶ月は見ておかネバなりません。申請するパソコンの質問は当然英語です。書類も英語です。英語が出来ない人は訳してもらわねばなりませんが、翻訳は英国政府が認めた翻訳会社のものでなければ受けてくれません。要するに、ビザ手続きを煩雑にして、本音は来て欲しくないのだな、ということでしょう。英国は、香港、インドなど、かっては英国連邦の旧主国でした。英国本土には、それらの旧植民地から来た人々がたくさん住んでいます。隠れることはわけないでしょう。
  ビザの扱い方を見れば、その国の本音が見えるような気がします。幸いにも、日本旅券は世界でもまれなくらいにビザが無くても入国できる旅券です。黄禍論はなはだしかったオーストラリアや南アフリカでさえも、日本人を名誉白人とかでビザをゆるくし、今では電子ビザで入国が可能です。国力とも大いに関係するのでしょうけれど、ビザの申請手続きの煩雑さはご勘弁願いたいと思います。
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by jf1ebpkh | 2012-03-07 21:45 | 仕事 | Comments(0)

ビザ

  インドのビザ申請に行って来ました。こういうお使い仕事は、一番ヒマなおじさんがします。入国に際して、ビザが必要な国は大分減りましたが、それでもまだまだビザを必要とする国はあります。
  ビザは、相互免除が原則なので、特別な理由がない限り、日本人がビザを必要とする国は、日本もその国の人へビザを求めています。ビザを取得するにはその国によって必要書類、旅券の有効残日数、余白のページ数、申請から受領までの日数など、かなり気を使います。また、通常我々の持っている一般旅券ではビザが不要の国でも、外交旅券、公用旅券では必要な場合が結構あります。一例がアメリカですが、ここのビザはかなり厳しいです。今はもうなくなってしまいましたが、かって1回旅券というのがありました。出国してから帰国するまで、期限の無い旅券です。訪問国がすべて記載される旅券ですが、沖縄の独身女性がこの1回旅券でアメリカへ観光旅行に行く場合、必ず領事面接が必要でした。沖縄には米軍基地があります。そこで仲良くなった軍人が帰国して、彼女を呼び出したと思い下さい。アメリカで結婚してしまえば、そこで完了です。
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左:昔のインドビザ。今はシールです。
右:これは昔のアメリカビザ。今は電子ビザ“ESTA”になっています。
  
  今は中国人のビザが、各国とも非情に厳しくなっています。中国人は世界中に中華街を作っています。留学ビザで入国して、そこにもぐってしまわれれば、まず追跡は難しいでしょう。不法滞在です。
  もうビザのことで話せばいっぱい題材があります。また、お話ししましょう。
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今は無い国:東ドイツのビザ。
by JF1EBPKH | 2012-03-06 22:07 | 仕事 | Comments(0)