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<   2012年 11月 ( 11 )   > この月の画像一覧

彦根

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 宿舎の5階から見た彦根城です。譜代大名筆頭の井伊家の居城です。何回か来ているのですが、記憶があいまいなところがあります。ここでも宿で無料のレンタル自転車を借りて、彦根市民のように。
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  まずは『埋木舎(うもれぎのや)』へ。横浜市民にとっては、開国の恩人井伊直弼が32歳で兄直亮の養子になって江戸に出、36歳で藩主になるまで過ごした部屋住み時代の住処です。藩主の十四男として生まれたため、とても藩主になれる身ではなく、わずか300俵という捨て扶持ですごさねばならず、我が身を埋れ木にたとえたのでした。それが、藩主であった兄たちが次々と亡くなり、36歳で藩主となってからは、わずか8年余りで幕府の大老となり、46歳で桜田門外で非業の死を遂げます。捨て扶持時代に、ここで茶道、和歌、鼓・能の、茶・歌・ポンで暮らした時代です。また、長野主膳と国学を語り、書、禅、湖東焼のほか、武術、馬術、柔術、弓術など、文武両道の修養をしたところでした。
  ついで、お城へ行く前に近くの長屋門を見、大名庭園の玄宮園へ。十数年前まで、旅館であった『楽々園』はどうなっているのか、それをちょっと見ておきたかった。
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それはもう廃屋のようになってしまっていました。昭和天皇が泊られた宿です。作業をしている人に尋ねましたら、中はもう住める状況ではなく、市は修繕して復元しようにも、経費がかかり過ぎてとてもとても、という状態なのだそうです。一方、池に面する宿、玄宮園の『八景亭』は営業をしております。
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by jf1ebpkh | 2012-11-30 23:23 | | Comments(0)
 
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   さて次は、神職禰宜の自宅見学です。
この日は、宿のそばでレンタサイクルを借りたので、報告済の根付美術館、杉本家、それらを見てから上賀茂まで自転車です。京都市民になった気分です。壬生から二条城に上がり、北野天満宮、大徳寺脇を走って堀川通りを北へ。御園橋を渡ればすぐ左が上賀茂神社。ここを素通りしてちょっと行くと、上賀茂社の社家が明神川沿いに並んでいます。すぐきの‘なり田’本店もすぐ左にあります。
  自転車を門内にいれ、公開されているとはいえ、初めての場所です。西村家別邸と言う名称ですが、これは西村某氏が明治時代に、神官の錦部(にしきごり)家を購入したための名称です。現存する神官の家は20軒ばかりここにあるそうですが、公開しているのはここだけです。玄関を入るとすぐ客待ちの小部屋があり、右手に茶室、左手が仏間。神官の家に仏間とはちょっと驚きましたが、受付の人は神仏混淆ですから、とのこと。広間を抜けて庭の左手には、お勤めに出る前に禊ぎをする池?が掘られておりました。目の前の川から清流を引き込み、禊ぎをし、庭で‘曲水の宴’が催せるようになっています。神が降臨する降臨石も、庭の中心に坐しています。
  私は、もっと大きな家屋を想像していましたが、庭の方が広く、部屋の間数も広さも、簡素で庶民的な感じがしました。神官の衣裳だとか、道具はどこに仕舞っておいたのでしょう。いろいろお伺いしたい事柄もあったのですが、受付の方は神職ではなく、留守番代りの管理人というので、あまり質問をしても失礼かと思い、ゆっくり拝見だけさせていただいて辞去致しました。
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by JF1EBPKH | 2012-11-29 21:52 | | Comments(0)

杉本家住宅

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  四条通りのすぐ南の綾小路通りに、町屋家屋として重要文化財に指定されている“杉本家住宅”があります。NHKで「杉本家の1年」とかでたびたび放映されていますが、現住住居なので、一般公開はしていません。写真も撮らせてもらえません。しかし、今年は11月20日から25日までの6日間だけ、予約不要で見せてもらうことができます。
  市内の大半を焼いた幕末のどんどん焼けで、当初の家屋は焼失してしまいますが、再建された現在の家屋でも約140年前の家屋です。大工の棟梁の名も、図面も再建時のまま残っており、由緒が明確に判っている店舗兼住居は約100坪。2階建てです。玄関脇に店がありますが、店頭売りはしていなかったそうで、房総の佐倉と佐原に小売りの店舗があり、後年、それが千葉三越になるまで、奈良屋の屋号で商いをしております。現当主は杉本秀太郎氏。フランス文学者です。千葉の奈良屋、ニュー奈良屋が千葉三越になった際、商いから手を引いております。
  写真でご紹介が出来ませんので、ご当家のブログを引用させていただきますが、幕末と明治時代の婚礼衣装の比較(孔雀柄の内掛けは総刺繍、赤色の内掛けは、綸子地に金糸、銀糸の縫い取り、絞りなど、呉服商の贅沢を絵にしたようです)して衣桁に掛けてありますが、色あせもないし、擦れてもいません。今でもそのまま着られそうです。
  膨大な記録類は、保存会が分析していますが、当家の主でも知らなかったことがたくさん出てきているそうです。昔は大勢の番頭さん、丁稚さんがいて、掃除からお使いまで何でも済ませていられたのでしょうけれど、今ご家族だけで、この家屋を保持していくのはとても大変だと思います。
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by JF1EBPKH | 2012-11-28 22:29 | | Comments(0)

清宗根付館

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  今回楽しみにしていた施設に、『清宗根付館』があります。根付だけの美術館ですが、年4回(各1ヶ月間)しか公開してないので、いつでも見られるわけではありません。建物は、京都で唯一の武家屋敷(旧神先家)で、新撰組の壬生寺のすぐ前にあります。土方も近藤勇も、この建物の前を往来していたに違いありません。私が訪れた時も、たくさんの新撰組ファンの女性が闊歩しておりました。壬生寺や屯所跡にいくなら、ここも是非訪れてほしいところですが、残念です。逆に、私は壬生寺も屯所も行ったことがありません。
  この根付けコレクションは、佐川急便グループの印刷会社社長を務めた木下宗昭氏の個人収集品です。氏は、海外出張の際にたびたび根付けのコレクションを見、こんなに美しく素晴らしい工芸品が明治期に海外に流出し、惜しいと思って買い集めたのだそうです。村田製作所の一族、村田理如氏が幕末期からの金属工芸、漆芸、七宝品などを買い戻して三年坂美術館を作ったのと同じ理由です。今では、どちらも海外の方が評価が高い工芸品です。ただ、残念ながら写真撮影が出来ないので、冒頭にクジラの根付け(旧高円宮コレクション⇒東京国立博物館寄贈)を掲げてあります。東博では写真撮影OKなのにね。
  小品ながら作品数が多すぎて、2時間以上いましたが見足りた気がしません。現在でも根付は作られており、作家が何人もいます。大阪芸術大学ではコンペもやっています。
by JF1EBPKH | 2012-11-27 21:16 | 趣味 | Comments(0)

水谷茶屋

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11月29日











e0116694_2317352.jpg2011年
12月14日











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11月23日

 












いずれも、奈良の春日大社から東大寺へ抜ける途中にある“水谷茶屋”を撮ったものです。いつもなら、書き割りがそのまま降りて来た風情ですが、今年は雨上がりの朝靄がまだ残っていて、早朝のために茶屋に灯りも点いていません。縁台も出ていないしお客さんもいないので、少し寂しい感じがします。
  昨晩は、新薬師寺の近く‘KKRみかさ荘’に宿を取ったので、志賀直哉旧宅の横から下禰宜道を春日大社へ。水谷茶屋、手向山八幡宮、東大寺三月堂前から二月堂。東大寺の管長さんらが住む塔頭前を通って講堂跡。大仏殿の裏を廻って南大門を出る頃はもう沢山の人出でした。連休初日ですが、日曜画家もまだですし、カメラマンもそんなにいません。朝方の雨のせいでしょう。飛火野から荒池の浮御堂に寄って、宿へ戻ったのですが、今年はイチョウが綺麗でした。
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紅葉の錦 神のまにまに
の手向山八幡です。  
by JF1EBPKH | 2012-11-26 23:57 | | Comments(0)

奈良・京都6日間

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   浄瑠璃寺の秋


  20日より今日まで、奈良京都に行っていました。20日から22日までは添乗、23日から今日25日までは家族旅行でした。
  紅葉は真っ盛り。ただ、いつもの11月より風が冷たかったのと、木々によって紅葉にバラつきがあったような気がしました。サクラなど広葉樹はもうだいぶ散ってしまっているのに、カエデは同じ木なのにまだ青い葉の枝があったりして、一様ではありません。
日程は、20日:東京⇒京都=東寺=三十三間堂=広隆寺
      21日:醍醐寺=法界寺=浄瑠璃寺=岩船寺
      22日:法隆寺=薬師寺=唐招提寺=興福寺
  ここまでが添乗。以下、
      23日:東大寺界隈⇒京都=大徳寺=今宮神社=
     北野天満宮
      24日:根付美術館=西村家別邸(上賀茂神社
          社家)=杉本家(町屋・呉服商)⇒彦根
      25日:彦根散策⇒⇒帰宅
という内容です。前半は、大学の美学美術史の研修70名。後半は5名。詳しくは後日。
by jf1ebpkh | 2012-11-25 23:03 | | Comments(0)

東京駅の送迎

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  今朝は、大学の研修旅行が8本出発しました。私は東京駅でアシスト。8時前に着きましたが、丸の内の地下団待ちはすでに高校生でいっぱいです。これじゃ、二・三十人の団体は、並ぶところがないな。回りの団体の添乗員に、何時に移動するか訊いて回ります。早く動く所へ、場所取りに行かねばなりません。
  やがて引率の先生が現れ、ポツポツ我々がいる待機場所を見つけて学生が集まってきます。遅刻者がなく、きちんと集まってくれればいいのですが、どうしても遅れてくるものがいます。大体が留学生です。それも中国人。慢慢的(マンマンデー)ですなぁ。時間を守るという習慣がないんですから。でも、今日はあわてることなく、欠席者もなく、無事出発していきました。
  業務が終わって、せっかくだから新しくなった丸の内のレンガ駅を見て回りました。話題のドームの内側は、テレビで紹介していたまんまです(当たり前です)。ハトなどが飛んできて汚されないよう、ドームが立ちあがる高さに網が張ってあります。せっかくの漆喰作品ですから。
  そとでは、たくさんの人が駅をバックに記念撮影をしています。「東京だよ、おっかさん」と叫んでしまいたい光景でした。
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by JF1EBPKH | 2012-11-15 22:15 | 仕事 | Comments(0)

タマネギの苗植え

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 ようやくタマネギの苗を植えました。約300本。買っておいた200本では、畝が余ってしまったので、100本追加しました。回りの家庭菜園では、みな植え終わっています。中腰で1本1本植えていくのは結構腰に来ます。今年は残暑が遅くまであった割には、秋が急速に来てしまったので、いつもと様子が違います。ときどき私の菜園を覗いているお隣のお百姓さんも、今年は夏も秋も変だな、と言ってました。白菜の種も播いてはみましたが、双葉だけ出たところで諦めました。植えようと思っていた地面がまだ空いています。植えるものが思い浮かばないので、このまま空いてしまいそうです。プロのお百姓さんは偉いですね。畑が空いている間などありません。虫も病気も寄せないで、生育させるのも早いです。さすがプロ。
  今週は15日に8本の研修旅行が出ます。添乗員さんにブリーフィングと、最終のチェックをしていかねばなりません。添乗員に持たせる現金の両替や、視察先への手土産も買いにいかねばなりません。雑用と、気疲れで汲々としそうです。
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盆栽の老爺柿が赤く色づいてきました。
by jf1ebpkh | 2012-11-11 23:13 | 晴耕 | Comments(0)

柴田是真

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   土・日と出社しましたので、昨日今日と連休です。昨日は野良仕事、今日は午前中に会社の健康診断、午後は根津美術館で始まった『柴田是真展』へ。
  あいにくの雨模様でしたが、かえってすいているだろうと思いましたが、やはりすいていました。
  柴田是真は、幕末から明治の漆芸家、絵師です。この時代の工芸作家には皆言えることだと思いますが、意匠に洒落っ気があり、粋です。技術的にも、内国勧業博覧会とか、パリ万博、ウイーン万博への出展で、ドーダとばかりの技巧的です。漆芸はその独壇場であります(外国には漆がないから当たり前か)。
  漆芸は、現代の輪島もそうですが、木地師(轆轤やクリ物、指物なども)、塗師、飾り職(蒔絵や象嵌など)に分かれています。是真は装飾の下絵から蒔絵などの装飾まで、一人で手がけた人です。写真の『業平蒔絵硯箱』ですが、光琳からこの箱を譲られ、それをそのままコピーした作品とを並べて見せていましたが、本歌の衣装が鉛板なのを、金属光沢の塗り方に変えているなど、是真の技が見て取れます。青海波塗りなど、琳派からの影響も大なのでしょうが、粘る漆で夕顔のつるを描く技法などはさすがです。
  漆絵の絵画や、画帳も何冊か出展されていましたが、下絵とかデッサンにも使っていたのでしょうが、コレだけでもう作品になっております。印籠や頓骨(食べ残しを持って帰る中型の箱)、根付にもいいものがございました。意匠と、それを十分に生かせる技があったからこそ、できたことなのでしょう。眼福の展示でございました。
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庭園のもみじは、早々と紅葉しておりました。   
by JF1EBPKH | 2012-11-06 22:22 | 趣味 | Comments(0)

研修旅行まで

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  今朝の富士山です。瀬谷駅橋上からの眺めですが、右半分が隠れてしまうので、も一つですネぇ。我が家から少し南へ行った方が山裾まで見えて、雄大さが増します。丹沢山塊の大山が青く、富士山は白く、中学生の頃、母校の4階から見た眺めは素晴らしかった。
  今日は日曜でありますが、出社です。文化祭がある期間中は、休めません。お客様が通る一角に店があるので、明りを消さないでとの要請です。賑やかしです。お客様が来店されることは、まれです。私は店の中で、研修旅行の説明会用の資料作成です。電話もかかって来ないので、結構はかどります。今月15日に8本出ますが、これが大学の研修?と思ってしまうような内容もあります。「箸の使い方を教えたい」と言うのがありました。そのために、外部から講師を呼んで、大皿料理を題材にして、というご要望です。えーっと唸ってしまいます。これは大学で教えることでしょうか。家庭でしつけることでしょう。それも、小学校へ上がる前に。私がこの学生達のPTAだったら、怒っちゃいますね。出来ていない事をきちんと教えるのは、教育の大きな役割だと思います。箸の上げ下げまで、という比喩もありますが、結構人生では大事なことだと思っています。私が今のカミさんと所帯を持ってもいいかな、と思ったのも、彼女の食事の仕方が気にならなかったからです。落語の“たらちね”のまくらに、大家さんからカミサンを紹介すると言われた八つあんが、嫁さんと差し向かいでご飯を食べるシーンを想像して、‘チンチロリンノサークサク’とデレーとしてしまう(志ん朝さんがうまかった)場面がありますが、食事の行儀は気になります。
  もうひとつ、静岡へ研修に行く企画でしたが、当初バンダイかタミヤ模型の見学予定だったのですが、大学生の団体は見学不許可になり、では芹沢銈介美術館と登呂遺跡はどうでしょう、と提案したのですが、決まったのは掛川のキウイフルーツカントリーでした。教授のお知り合い、というのが理由の一つ。もう一つは、見学先が固いから、少し遊びを入れたい、というものでした。見学先と言っても、JAXA相模原キャンパス、国立印刷局小田原工場(旧大蔵省印刷局=紙幣を印刷してます)、王子マテリア(旧王子製紙富士工場)、これに、磐田の香水博物館、掛川の資生堂資料館・美術館です。香水博物館では、香水を作る体験もあります。固い所など一つもありません。学校側のテーマは“キャリアデザイン”です。大学入学時に、大学を卒業した時、自分はどのようになっていたいか、というアンケートを採っており、それが現時点で実現しているか、また、方向が変わってしまったか、それを見直すというのが研修旅行のメインテーマです。なので、宿泊先で、ミーティングもあります。私としては、せっかく2泊3日の旅行なのだから、親睦でもいい、サークルにも入っていない若者には、同じ世代の悩みや希望や、相談したいこと、訊いてもらいたいことなど、いろいろあると思うのです。研修旅行はそのきっかけ、手段でいいと思います。でも、大義名分が美術館、博物館より、キウイフルーツ狩りですか。このオーナーは、日本に初めてキウイをもたらした方らしいのですが、その方の話(苦労話でしょう。それはまた人間の生き方=キャリアですから)は価値があると思います。
  専攻している学科と、研修旅行の行き先がマッチしているとは思えない学科が多いのです。毎年行き先を変えている学科がほとんどです。引率者の行きたいところへ、学生達を連れて慰安旅行をしているような気もします。学生に本当に見せたい、学ばせたいと思っているのならば、私どもに任せるのでなく、行き先はすべて先生が決めて、それが無理がないかを私どもに確認させた企画となるべきものでしょう。学生も学生です。自分達が見たいもの、知りたいもの、学んでみたいものを提案すべきです。献立から、調理法、食べ方まで旅行代理店任せとは、とても大学生の研修とは思えません。
  
by jf1ebpkh | 2012-11-04 23:25 | 仕事 | Comments(0)