カレンダー
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31

<   2016年 01月 ( 10 )   > この月の画像一覧

地獄谷の猿です

e0116694_1056595.jpg

e0116694_2214160.jpg

  申年なので、お猿さんの天国に行ってきました。でも、名前は地獄谷温泉。湯田中温泉に1泊して、バスで渋温泉、上林温泉を巡り、徒歩で約30分。明け方まで雪が降っていましたので、新雪を踏みしめての猿見物です。猿がいる野猿公苑は9時オープンなので、この開園時間に合わせて行かないと、カメラマンばかりになってしまいます。それに、ここは外国人(それも欧米系の白人が多数)も今たくさん訪れる名所になっています。奈良の鹿のように、野生?の動物をこれほど間近に見ることが出来るところが欧米ではそれほどないんだそうで、それも温泉に入っている猿です。私も前から一度は来てみたいところでしたから、予約は昨年から入れていました。
  ここはもう何時間居ても飽きませんネ。日光の猿みたいに悪さもしないし、かといって人を見ても逃げたりしません。餌をやったり、脅したり、フラッシュも厳禁されています。人と猿が共存しています。自然体にすれ違っています。瞑想する猿の横では、毛繕いする猿がいます。私も一緒に露天風呂に入りたいくらいでした。
e0116694_2233588.jpg


追伸、地獄谷のライブ映像(2016.1.30 10:00AM)に私メの映像が映っておりました。左側、
   座頭市みたいな姿です。
e0116694_11252851.jpg

[PR]
by JF1EBPKH | 2016-01-30 10:56 | | Comments(0)

横浜・瀬谷地図くらぶ

  ≪第5回 瀬谷区の埋もれた歴史を探る≫に参加してきました。今回の講座は3回で終了しますが、昨日はその1回目。内容は、"①瀬谷の人口急増と住宅開発、②「谷戸(やと)から始まった三ツ境商店街」"というもの。約2時間半の講義です。
  大都市近郊の、戦後開発されたいわゆるベッドタウンの歴史そのものですが、私の60/65年間住んでいるところの歴史でもあります。興味がわかないはずはありません。聴講生は皆、私と同じか、その上の世代。約50名ほど。講師もほぼ同じ世代ですが、現役を退いて、趣味で郷土史を勉強している方々です。受付で聴講料500円を支払い、レジュメをいただきます。パワーポイントから印刷され、きちんとしたレポートです。
  講義は、地図や航空写真、図表をもとにしたきわめてわかりやすいもので、地名も身近なものばかりですので、頭にすぐ入ります。ウンウンと、納得しながらの聴講です。へぇー、そんなこともあったんだと、初めて耳にすることもありますが、それも蘊蓄の一部になります。私は、今回の講義資料になっている航空写真や地図は、どこに行ったら見ることが出来ますかと質問しましたら、多くは図書館ですが、航空写真は国土地理院のホームページ。また、身近な生活記録は、小学校で配られる副読本です、と答えがありました。郷土の歴史は、確か小学4年生で学ぶと思います。そうなんですよね。身近な郷土史は、小学校の副読本なのです。欲しいな、近辺の小学校の副読本。また、やりたいことが一つ増えてしまいました。  
[PR]
by JF1EBPKH | 2016-01-24 18:24 | 趣味 | Comments(0)

e0116694_21242469.jpg
  松屋銀座の『古書の市』が始まりました。昨年末にカタログが送られてきましたが、行こうか行くまいか、迷っています。毎年12月に、池袋サンシャインビルで開催される『ミネラルショー』も行きましたが、最近はどちらも行くのが億劫になってきてしまいました。休みの日に、わざわざ行くほど心が高ぶらなくなってしまっているのです。毎度かわり映えしないし、買いたいものもそうないし、行けば欲しいものも見つかるのかもしれないけど、是非ともというものが見つからないのです。
  今さら買ってもなぁー、仕舞っておくだけだし。家人にはゴミ扱いだろうし。
e0116694_21353322.jpg

  お土産でも何でも、渡す人、喜んでくれる人がいるから買う気になる部分があると思います。自分のためにもありますが、今さら投資してもという諦めもあります。財布が豊かに膨らんでいるなら別ですけど。
  こうして、だんだん浮世離れしてしまうのでしょう。でも、役所は老齢介護保険料を支払えとか、肺炎予防をしろとか、いろいろ言ってきます。私の健康を心配してくれているのではありません。その医療費の心配をしているだけです。取れるうちに、取っておこうという了見です。嬉しくありません。あぁ、山本夏彦さんみたいになってしまった。
[PR]
by JF1EBPKH | 2016-01-21 21:30 | 趣味 | Comments(0)

ロゴマーク

e0116694_12434693.pnge0116694_1245868.png
 











   暖冬の今年でも、今朝は大雪。昨夜から、今朝は大荒れと天気予報は言ってたのですが、相模鉄道は架線が切れて始発から全線不通。復旧は10時頃というので、それまで自宅待機してましたが、今日やらねば間に合わない仕事もないので、結局お休みにしました。ネクタイ締めて待っているだけというのも結構疲れます。
  電車の運行状況などパソコンで見ていましたら、相模鉄道と、長野の第三セクターしなの電鉄のロゴは、似過ぎているんでないかい?という、ロゴの類似を指摘しているブログがありました。見ればナルホドよく似ています。色使いはほぼ一緒です。イニシャルは、どちらもSなので、書体を変えただけと言えば、そうでしょ。あとはどちらが早いかということですが、ちょっと調べてみましたが、眠くなってやめました。
[PR]
by JF1EBPKH | 2016-01-18 13:03 | 日常 | Comments(0)

緑内障検査

e0116694_16345093.jpg

  昨年の定期健康診断の回答があり、緑内障の疑いがありますと記載されてきました。緑内障なんて、もうビックリです。小学生の頃、家庭の医学というぶ厚い本が我が家にあって、なにか体が不調で親にも言えないことがあると、この本で調べておりました。眼科のところに、白そこひ・緑そこひ、と色がついている病名があり、そこひという、何かとてつもなく恐ろしい響きに怖がった記憶があります。自分があおそこひ。まさか。
  躊躇はなりません。もう、すぐ眼科へ行きました。定期健康診断では、毎回眼底撮影があります。私はこれが大の苦手で、もうまぶしくて目をいつも閉じてしまうのです。何かの間違いじゃないのか、と思いながら、いろいろ検査をしてくれます。緑内障(あおそこひ)は視神経の病気で、視野が狭くなって最後は失明。白内障は水晶体が濁って見えなくなる病気。黒内障(黒そこひ)は、眼底出血、網膜剥離とか、眼だけに原因があるのではなく、突然に失明してしまうので文字通り目の前が真っ暗になるからこのような名前が付いたなど、余計なことばかり考えてしまいます。視力、眼圧、視野検査、眼底検査と待合室と検査室を行ったり来たり。最後に、ドクターが私の眼の中を覗きながら診断です。
 「緑内障ではありません。ほかの治療も必要ではありません」
 「良かったー。」
 最近は、時刻表の字も8と6を見間違えたり、パソコンの画面を見続けていて、書類を見たりすると焦点がしばし合わなかったり、霞んだりして困っております。
 「霞むのは、年齢だからしょうがないですね」とドクターは申しておりましたが、目は人間のマナコ=マナグなり。まさしく愛子なのです。どうぞ、お大事に。
[PR]
by JF1EBPKH | 2016-01-17 17:32 | 日常 | Comments(0)

地図記号

  観光労連のPR紙季刊『SQUERE』180号(2015.12月刊)の特集は、記号(マーク)。外国人観光客に対する「視覚的情報提供」、いわゆるピクトグラムの話と、「懐かしの?地図記号よもう一度」という、最近の動きに反するような記事です。
  最近は、紙の地図より画面で見る地図のほうが圧倒的に多くなっているでしょうが、どちらにも共通するものとして、地図記号があると思います。しかし、最近はこの地図記号に大きな変化が進行しつつあることをご存知でしょうか。ピクトグラムという、言葉ではなくて記号で意味を伝えるという絵文字のことですが、これは1964年の東京オリンピックの際、漢字もカタカナもわからない外国人のために、見ただけでわかるようにと、まずスポーツ競技を表示するための絵文字が日本のデザイナーによって開発されたものです。これらは現在世界中で使われており、大阪の万博ではあのトイレマークが、最近では非常口を示す緑色の地に走り出る人の姿が国際的に認証されています。これらは、いずれも日本人のデザイナーによるものです。
  文字は読めなくては通じませんが、絵なら子供でも分かるものです。ピクトグラムが多用されているのは、世界中の様々な国の人が行き交う空港や駅が多くなりますが、一目でトイレや案内所が判るように工夫されています。紙の地図もそれに準じていますが、国土地理院の地図では、まだ追いついていない部分があります。また、国土地理院の地図記号は日本でだけの地図記号ですので、世界には意味不明のものがかなりあります。たとえば、地図上にXがあれば警察関係で、単にXは交番、Xを〇で囲んであれば警察署になります。郵便局も〒マークで表しますが、これも〇で囲んであれば集配局(普通局)になりますが、外国人には〒マーク自体が判らないので、地図上では意味を成しません。e0116694_11273655.jpg
  これらの地図記号は、明治16年、地図を作成していた陸軍省陸地測量部(国土地理院の前身)が作成したものですが、Xは警棒(俗にいう六尺棒)が交差した形。〒は諸説あって、逓信省(郵政省の前身)のテの字からとか、手紙のテだとか言われております。実は、明治24年に郵便局は✉手紙のマークになっているのですが、明治42年に〒になってしまいます。
e0116694_1121553.jpg 外国人にもっと???なのは寺院の卍で、これは何なのだ?というものです。ヨーロッパ人にとって、卍は特別な表意を持っています。国によっては、法令で禁止されているマークです。それが、日本の代表的な最も観光客が行きたい京都や奈良にこのマークがたくさんあるのです。日本は、ドイツと同盟国だったから、ナチスの関係施設ではないのか。宗教施設ならばここはナチスを信奉する教会かもしれない。イスラエル人はまた違った印象を持つでしょう。卍はもともとサンスクリット語から生まれたもので、卍=満=満つる=メデタイという意味なのですが、真逆に理解(誤解)されかねません(ヒトラーのハーケンクロイツは逆向きの卍ですが)。国土地理院は、これ以外にも津波や地震など、災害が起きた際避難できる施設を外国人にも解りやすく案内できる記号を公募しています。卍字の寺院記号は三重塔に変えられそうですが、寺院すべてに塔があるわけではありません。誤解を生じそうです。
  5万分の1地形図が印刷されなくなって、2万5千分の1地形図が地図の基本になっています。㈶日本地図センター編の『地図記号500』(現在在庫切れ)は、平成18年刊の『地図記号400』から、わずか10年未満で100あまりの地図記号を増やしていることになります。GPSに対応した電子基準点(電波三角点)記号や、老人ホーム、図書館、博物館など新たな地図記号が増えているためです。この先、文字で表記するより、ピクトグラム的な表意記号がどんどん増えていきそうな気がします。 ところで、下の記号は何だかわかりますか?
e0116694_14314833.jpg 
e0116694_14344156.jpg
  
[PR]
by JF1EBPKH | 2016-01-09 22:55 | 仕事 | Comments(0)

大阪観光2

e0116694_22123582.jpg

e0116694_22455153.jpg

 大阪城で、城内の展示物に思った以上に魅入ってしまったので(かなり良いです)、堺へはまた次の機会ということにして、通天閣に行ってみることにしました。ここも初めてです。新世界の一角に通天閣はあるのですが、新今宮駅から行く途中の胡散臭いこと。そして新世界一帯は20年前の浅草のような昔は繁華街だったのだろうけど、今は落ちぶれて寂れてしまったなぁ、という雰囲気。通天閣にも上ってみましたが(昇るための待ち時間40分と表示されていました)、昇るために一旦地下に降ろさせて、2階へエレベーターで上がらせ、そこで40分待ちという、まあ疲れます。見るものはなく、記念写真を売ろうという魂胆の写真屋と、子供が欲しがるガチャガチャ玩具の自販機が壁2面を覆っています。駄目だなこりゃ。最上階へ上がっても印象は同じ。ビリケンなんて知らないもの。売らんかなの展望塔でした。
  さて、せっかくここまで来たのだから、今宮戎神社へも足を延ばしました。「商売繁盛 笹持って来い」の恵比寿さまです。しかし、境内は意外に狭く、えっ、これだけ。と少しがっかり。大きな鳥居もなし。いささか拍子抜けして、歩いて難波駅まで。恵比寿町の隣は大国町で、大黒神社があります。なんともお目出度いご町内ですが、景気はいいのでしょうかねぇ。
e0116694_2332417.jpg

  難波では、高島屋のデパ地下ご視察。そして旅の友の文庫本(今回は、上田秀人著『百万石の留守居役』巻六)は読み終えてしまったので、天牛堺店で東海林さだおさんの新著『さよなら東京タワー』をお買い上げ。天牛は古本屋の老舗ですが、新刊本も同じ売り場で売っているのですネ。ちょっとびっくりですが、便利。陽が暮れてきたので戎橋から心斎橋筋へ。海原千里・万里の??大阪ラプソディが頭の中を流れます。なんばグランド花月の前を素通りして、法善寺横丁。こんな時間でも、お参りしている列があります。歩き疲れて、のども渇いたし、ビールで何か食べるかとなって、"ぼてじゅう"でお好み焼き。大阪の地下鉄から阪急電車でふたたび京都まで。8時前にはホテルへ戻れましたが、疲れました。
e0116694_002100.jpg

 
[PR]
by JF1EBPKH | 2016-01-08 22:24 | | Comments(0)

大阪観光1

e0116694_21163160.jpg

  昨年の京都は大雪でしたが、今年は暖冬の京都で、セーターもコートもいらないほどでした。
昨日は、北野天満宮から哲学の道、南禅寺、平安神宮と回りましたが、2日目は大阪観光です。連れ合いが、大阪を歩いたことがないというので、大阪城、新世界・通天閣、戎橋のグリコ看板というコテコテの観光になりました。時間があれば堺も行ってみたいということでしたが、大阪城で半日採ってしまいましたので、堺はまた次回ということになりました。
  大阪城に行きたいと聞いた時は、一瞬目が点になりましたが、行ってみて大感動です。
京都四条から阪急で梅田に出て、環状線で大阪城公園まで。改札を出ればお城が間近かに見えるかと思いましたら全然見えなくて、周りは若い女性の大群衆。〝チケット買います〟というプラカードを持ったヤングギャル(言い回しが古いなぁ)がたくさん待ち受けていました、訊けば大阪城ホールで、ジャニーズ系のショーがあるんだという。名前を言われたのですが、私には???でした。
e0116694_12532540.jpg  大阪城と言えば、言わずもがな秀吉の城です。しかし、私は大阪城をなめてましたね。観光に値しないと思っていましたので、行く気にもなりませんでしたが、あの石組みは実に雄大そのものです。この石組は、江戸城にも勝っています。ここは城になる前、石山本願寺があったところですが、石山の意味が納得できます。蓮如の本願寺を信長が焼き討ちし、秀吉が城を築いて最盛期を迎え、そして冬の陣、夏の陣と家康が豊臣家を滅ぼして江戸幕府は壮大な大阪城を築城しますが、それもすぐ焼失してしまいます。現在の城は、鉄筋で作られ、時代考証は推定でしかありません。しかし、この城の敷地面積や復元想像の展示模型を見ていきますと、桃山時代のおよそ日本人離れした構想、構造力には感嘆させられます。大阪城、伏見城と秀吉が築いた城は現存しませんが、その遺構や二条城など、その時代を彷彿とさせるものは幾つもあります。〝露と落ち 露と消えにしわが身かな 浪速のことは夢のまた夢〟と詠んだ私の大好きな秀吉の辞世ですが、秀吉が秀頼のことを家康ら五大老に鼻水を流しながら頼む緒形拳の『太閤記』が想い出されます。
[PR]
by JF1EBPKH | 2016-01-07 21:16 | | Comments(0)

京都初詣

e0116694_146117.gif

e0116694_1461183.jpg

京都まで初詣でに来ています。頭が薄くなってしまいましたので、発毛出 なのです。ウソです。今、 北野天満宮に来ていますが、かなりの人出です。天気が良くて、暖かくて、梅が大分咲いています。やはり、暖冬なのでしょう。
[PR]
by JF1EBPKH | 2016-01-03 14:06 | Comments(0)

謹賀新年

e0116694_1746824.jpg

  明けまして おめでとうございます。
本年もどうぞよろしく お願い申し上げます。
  例年通り、家族3人で鎌倉の八幡宮へ、初詣でです。この例年通りというのが大事でして、例年通りでないと、いけません。今年も暖かな、晴天のお正月を迎えることが出来て、何よりでございます。八幡宮の人でも例年通り大盛況でした。段葛はまだ修復中(今年3月まで)ですが、鎌倉が元気になるお正月です。
e0116694_19395899.jpg

  長谷の大仏が、今月13日から修復に入るため、しばし拝観中止になります。見られなくなると思うと見ておきたくなります。ましてや美男におはす、と与謝野晶子から大絶賛された大仏です。威厳があって崇高な顔立ちでイケメン。晶子は釈迦牟尼と間違えていますが、そんなことはどっちでもよろし。私も大好きな顔立ちです。法隆寺の九面、龍門の大仏に比しうる美男子だと思います。時代は鎌倉ですが、図面を引いた仏師、鋳型の鋳造師、そして実際に作業をした鋳物工がいたはずです。奈良の大仏以来、このような大型の鋳造はありません。平安時代はほとんど木造仏になってしまいましたから、技術的にも大変な苦労があったことと思います。しかし、奈良の大仏(現状は江戸の鋳造ですが)と比べてもその鋳造技術は素晴らしいもので、内部を見せられるくらい良く出来上がっております。どんな技術者集団がいたのでしょうか。鎌倉の彫刻は、その後慶派一辺倒になってしまいますが、この鋳造技術はどこへ行ってしまったのでしょうか。まったくの渡来人文化とも思えないのですが。
e0116694_19463620.jpg

  ここにもたくさんのアジアからの観光客が来ていました。アジアの民は、この彫刻を見ただけで、ブッダを思索することが出来ます。キリスト、イスラムなど偶像崇拝を禁じている宗教徒からはどのように見えるのでしょうか。他の文化、生活風俗、宗教を認められない価値観は、自らをも排他的な独りよがりのものと見ていないのでしょうか。一神教の限界を感じます。
[PR]
by JF1EBPKH | 2016-01-02 18:01 | 日常 | Comments(0)