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国展・百段階段

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  昨日からGW。いつもこの時期に六本木の新国立美術館開かれる〔国展〕と、前々から連れ愛が行ってみたいと言っていた目黒雅叙園の〔百段階段〕に行ってきました。
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〔国展〕は、この会員である高校時代の同級生、彫刻家の池田秀俊芸大講師からご案内をいただいておりました。会場はご覧のとおり、抽象から具象。素材も木彫、金属、合成樹脂など、国展ならではの作品ばかりです。彼の作品は、入ってすぐの良い場所に最近は置かれております。ということは、なかなか評価が高いってことでしょうか。髙島屋や日動画廊で個展が開かれたり、某基督教学園の教会の正面に、彼の作品が納められていたりですから、業界ではそれなりの地位があるのでしょう。お嬢さんは、染織で同じ国展の準会員にもなっていることだし、まぁ何よりでございます。
  でも、今年の〔国展〕は木工がいまいちでした。作品数が漆工より少ないし、陶芸作品がずらっと並んでいるのに、家具やイス、飾り棚や箱類は、えっこれだけ、という数しかないのです。木工家はもっと頑張って欲しいところです。
  お隣の会場では『ルノアール展』が開かれていましたが、入りはどうなんでしょう。日本では人気のある人だけどねぇ、こちらは昼前に〔国展〕を一通り(大分省略してますが)見てしまったので、3階出口の前にある“ポール・ボキューズ”へ。いつもは長い列が出来ているのに、今日は時間が早いから列もなく、すぐ入れました。連れ合いはホタテ、私は子羊メニュー。デザートは二人ともサバランで。そんなに量はなかったのに、結構満腹感はありました。デザートが良かったからでしょう。

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目黒雅叙園の〔百段階段〕は、以前は食事とセットで見学させていましたが、最近はイベントとタイアップして、見学をさせているようです。今回は、生け花の流派との展示です。
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  室内の装飾が過剰気味な部屋と、そうでもない部屋とで、生花の見栄えや、部屋の室礼が違ってくるでしょうが、やるものです。どちらも負けていません。そのような流派を選んだのかもしれませんが、見事です。花が咲いている桐の枝を切り、大鉢に生けたものや、梅の実が成っている枝を切ってあるもの。床の間に置いてあるような小ぶりなものは、少数でした。
e0116694_20442645.jpg  今日、お見えになっていらっしゃる方々は、ほとんどがそういったお花の流派に関係する方々ばかりのようで、部屋の造作を熱心に見ているのは私ばかり。前回に来た時は説明の方がいらして、一部屋ごとに見どころを案内していただきましたが、今回はなし(説明付きもあります)。この百段階段は、部屋の造作に値打ちがあるのだから、そこを見てもらわなくては意味ないでしょう。花だけ見られて帰られた方。もったいなかったです。
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by JF1EBPKH | 2016-04-30 18:40 | 日常 | Comments(0)
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  志摩観光ホテルに行ったのに、そこのことは書かないのかという質問がありました。書きたいことはかなりあるのですが、サミットが終わるまで、SNS等にはアップするのはご遠慮願いたい、というのがあったからです。昨年の5月8日から今年の6月6日まで、サミットのために1年以上も営業しないでいるのですから(名目は、耐震強化のため、となっています)。賢島駅、ホテル玄関前、敷地内のそこかしこに、腕章をして巡回をしていました。三重県警も大変だと思います。
  宿泊したのは、クラッシックと呼ばれる棟。ベイスイートと呼ばれる全室スイートタイプで、各室50平米。全室海側という新館もあります。サミットの主要VIPがどこに泊まるかは極秘。我々がいただいた朝食のメニューカードには、すでに6月7日の日付がありました。
  志摩観光ホテルが、日本でも一流のホテルになったのは、何といっても高橋忠之調理長のアワビのステーキのおかげでしょう。交通の便の悪い、何もない志摩半島です。何がお客様を呼べるか。今なら、わざわざ回り道しても行く価値があるミシュランの3星レストランというランク付けが理解できますが、開業当時はそんなものは知られていませんでした。地産地消という言葉もありません。大卒でもなく、辻調出身でもなく、氏は地元の高卒で入社した社員だったと思います。その後、グルメブームがやって来て、アワビのステーキや伊勢エビのスープを召し上がるために、わざわざこのホテルへやってくる方が増えたというわけです。
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  今回の2泊3日の旅行も連れ合いと2人旅ですが、最近は食べ歩きの旅ばかりしています。桑名では、蛤のフルコース。松阪では牛肉と行きたいところですが、スキヤキにしろ、シャブシャブにしろ、高いばかりで料理という範疇にははいらない気がいたします。京都の"おばんざい"というのも、家庭で作ることが出来るものに、あえて代金を払ってまでという思いがいたします。なので、松阪では『松燈庵』という、お城近くのお蔵を改造したというところで。
e0116694_23523836.jpg これが、なかなか良かったです。カフェ・レストランとなっていましたが、昼食も夕食もそこそこのものを食べさせていただけるようです。奥では、地元の方々が昼食会を開いていらっしゃるようでした。
  3日目の昼は、連れ愛の希望で名古屋駅そば"ノリタケの森"にある『キルン』で。半年前に来たときは予約なしだったので、食べられなかったのです。ここは、連れ愛のリベンジ。私は、大学の陶芸科の研修旅行で学生たちを連れて何回かいただいておりますが、学生でも食べられる金額からありますし、第一、食器が当然ですがいいものを使っております。今回は3日前に予約を入れておりますし、ちょっといいメニューで(と言っても3千円です)。それでも、前菜からスープ、魚料理、肉料理、デザート、コーヒーのフルコースです。e0116694_083420.jpg
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 平日の昼とはいえ、座席はいっぱいでした。外の庭では、近所の会社の人達でしょうか。持参のお弁当などを食べているグループが幾つも見えます。ここは、ノリタケの工場跡地なので、敷地は公園のようにきれいに整備されているのです。味もいいし、雰囲気も悪くありません。朝、宿で朝食を食べて、賢島から近鉄の特急で名古屋に出てすぐここへ来たのによくお腹に入るものです。この日の朝は、連れ愛はブッフェ、私は和食を選びました。今回も、お菓子からなんやかや、食べっぱなしでした。         e0116694_021280.jpg
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by JF1EBPKH | 2016-04-30 00:22 | | Comments(0)

私の本棚90

無私の日本人 (文春文庫)

磯田 道史 / 文藝春秋


  読売新聞に、毎月1回掲載されている磯田道史さんの"古今おちこち"(4月13日付)は、5月14日から公開される映画『殿、利息でござる』がどのような経過で作られることになったかのこぼれ話。原作は、氏の著書『無私の日本人』の中の一編に描かれている、仙台近郊の吉岡宿(現大和町)にあった実話ですが、この著作には、この映画の原作となった穀田屋十三郎とその宿場の面々の、途方もない企て(伊達公にお金を貸して、その利息で村の救済をする)を、聞いた人は皆涙ボロボロとなってしまったということから始まっています。おごらず、控えめに、そして密かに。しかし確実にことを進めるという、読んでいるだけでも涙が出てきて、電車の中で恥ずかしい思いをしました。『無私の日本人』には、これと中根東里(なかねとうり)、大田垣蓮月の3人の伝記です。中根東里は江戸中期のの儒者ですが、同時代人の文人の中でも詩文の天才と呼ばれ、荻生徂徠、室鳩巣らとも交わるが、氏が自分の詩文を残さなかったため、大部分の日本人には知られることもなく没してしまった人として、清貧な一生で終わってしまったことを嘆いています。大田垣蓮月は、名前だけは聞き覚えがありますが、これほどの人であったのかを、改めて知らされた思いです。

殿様の通信簿

磯田 道史 / 朝日新聞社


  もう一冊は、同じく磯田道史著『殿様の通信簿』。江戸幕府が、諸国の大名の評判を隠密にさぐらせ、著者は多分これは大目付など、幕府の枢要の地位にある人がまとめあげた極秘文書だったんだろうという『土芥寇讎記』(どかいこうしゅうき)などを種本にして、徳川光圀、浅野内匠頭、大石内蔵助、池田綱政、前田利家、前田利常、内藤家長、本多作左衛門の人物評です。
  浅野内匠頭や大石内蔵助などはもうぼろくそで、こんな大名や家老であれば、この藩は危ういという報告があったなど、松の廊下の刃傷事件が起こる数か月前の報告ですから、まさに藩のお取潰しはなるべくして、なってしまったようなもの。また、前田家の藩祖と3代利常が居たればこそ、幕末まで加賀前田家が存続たりえたことなど、書名の通り本人には見ることが出来なかった殿様の通信簿です。
  磯田道史さんは、NHKほか今売れっ子の歴史家ですが、司馬史観に代わる磯田史観か?と言われ始めているほど江戸時代の謙虚さだとか、名を惜しむだとかの価値観を、もう一度再考させてくれるのではないかと、密かに願っている読者であります。5月の映画の封切りが楽しみです。
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by JF1EBPKH | 2016-04-27 00:05 | | Comments(0)

松阪

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  松阪は、30年ほど前に江戸時代から続く木綿問屋『㊂長谷川商店』の調査をなさっていた杉本正年先生に同行して、訪れたことがあります。伊勢松阪出身の豪商としては、三井家(呉服)、小津家(木綿・紙)、長谷川家(木綿)の三家があげられますが、今でもこの三家は日本橋に店舗を存続させております。
  松阪駅前には、大きな駅鈴が置かれております。言うまでもなく、松阪出身の本居宣長がこよなく愛でた鈴の由来を表したシンボルですが、この日は月曜日。松阪の見どころである、本居宣長記念館、鈴廼屋、三井家発祥の地、松阪商人の館(旧小津家)、歴史民俗資料館、等々、すべてお休みです。松阪牛のスキヤキで有名な『和田金』と並ぶ『牛銀本店』もお休み。『和田金』は営業しておりました。開いているのは、『松阪もめん手織りセンター』、『小津安二郎青春館』くらい。
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  でも、ここには松阪城の御城番をしていた侍たちが居住していた長屋が残っているのです。それも2棟も。もちろん、重要文化財になっていますが、それが現在でも使われていて、今も居住者がいるというのです。どんな人が、住んでいるんでしょう。長屋の一室は公開されているというのですが、あいにく月曜日は閉室です。でも行ってみたいところです。     e0116694_21443983.jpg 2棟の長屋は整然として、生け垣に囲まれて道路からは中が伺えないようになっています。道路側から覗いて見ると、長屋の各戸に表札が掲げられ、生活感もたっぷりあります。頭にマゲを結ったサラリーマンは出てきそうにありませんが、武家の家らしく式台があったようです。こんなところに住んでいると、心持ちはどんなでしょう。私だったら、かたじけのうござる、なんて言ってしまいそうですが。
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松阪で大きな建物は、松阪市民病院、市役所、和田金ビルです。スキヤキでも、あんな大きなビルが建ってしまうんですね。でも、私はビールで育てた牛を食べたいとは思いません(食べさせてくれるのでしたら、喜んでお受けしますが)。松阪には、美味しい和菓子屋が幾つもあります。和田金のお隣には『柳屋奉善』という天正三年創業という和菓子屋がありました。なんと430年ですよ。お菓子の名前がまたいいです。『老伴(おいのとも)』(写真左)。『鈴もなか』(写真右)。このお店の前にも『山作』というどこにもありそうなお餅やさんがあり、お赤飯で地元では有名らしいのですが、ここの"さわ餅"(普通のお餅と草餅の2種あり。どちらも1個160円)というのがボリュームもあって美味しかったです。このほかにも、近くの関宿には"関の戸"というこれまた美味しい和菓子がありますし、伊勢にはご存じ"赤福"があります。我が家は、名古屋以西に出掛けた際は、必ず自宅用にこれをお土産にします。いわば、我が家御用達のお菓子。もちろん今回も、買って帰りました。
  松阪は人口16万3千人。桑名は14万3千人。わずか2万人の違いですが、町の活気が違いました。松阪は城下町とはいえ、商業で栄えてきた町。桑名は、宿場町と港町という交通の要所だったのが、要所でなくなってしまって一気に衰えてしまったのでしょうか。『新之助貝新』とか『柿安』とかの全国区の商店もありますのに。
          
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by JF1EBPKH | 2016-04-23 21:14 | | Comments(0)

桑名3.お城

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e0116694_21291260.jpg  桑名では、やはりお城のことも書いておかねばならないでしょうか。でも、何も残っていないのです。広重は、湊とお城を描いていますが、今あるのは、この蟠龍櫓だけです。でも、これは広重の描いた桑名城のイメージで、描かれた蟠龍櫓を再建したから。帆掛け船も、湊も、石垣もないし、再建された櫓は鉄筋で頑丈に造られた護岸の上にあるだけです。櫓の中に登らせてくれて、目の前の木曽川の展望が望めるそうですが、午後3時までしか入れません。私は入れませんでした。
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  桑名城は会津の宰相容保公の実弟定敬公のお城でしたから、明治維新の廃城令でそれこそ徹底的に壊されてしまうのですが、その跡地は『九華公園』という名の公園になっています。お堀は道路拡張で埋められ、石垣は多分その土砂に使われてしまったのでしょう。城跡らしい痕跡がないのです。
〽松風さぁわぁぐー おーかのうえー もないのです。ちょっと、寂しい。
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by JF1EBPKH | 2016-04-22 22:29 | | Comments(0)

桑名2.

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  桑名の宿から、南へ行けば伊勢街道。西へ向かえば東海道になります。なので、お伊勢さんの一の鳥居は、七里の渡しにあります。毎上七里の対岸、宮の宿の旧街道には、今でも櫃まぶしで有名な『蓬莱軒』がありますが、桑名宿の旧街道にも『船津屋』という豪勢な料亭があります。
e0116694_2052263.jpg しかし、今は商売替えをされて、結婚式場とイタリアン・スイーツの店になっております。今回も、せっかく桑名まで来たんだから、季節も春だし、はまぐり料理でも食べようかということになったのですが、『日の出』は7月まで昼、夜とも満席でキャンセル待ち。7月まで一杯なんて、本当かな。でもホームページにはそう書いてあるんですよ。連れ合いは、中国産のハマグリは嫌だわ、ということで、『丁子屋』にするか、どこにするかと。結局老舗の『魚重楼』に予約を取りました。e0116694_21813100.jpg お品書きは、蛤南蛮漬け、季節の前菜、蛤刺身、蛤酒蒸し、焼蛤、蛤茶碗蒸し、蛤ほか天ぷら、時雨茶漬け、香の物、デザートでした。中国産のハマグリは貝殻がすべすべして白く、桑名産は貝殻が黒く、まだら班があるのだそうです。ここでは、3年ものから4年物を多く使っているそうですが、酒蒸しが一番美味しかったです。お吸い物代わりに、たっぷりいただきました。
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by JF1EBPKH | 2016-04-21 21:25 | | Comments(0)

桑名1.諸戸邸

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 さて桑名です。日曜日の昼過ぎだというのに、駅前のこの閑散としていること。かっては、本陣2軒、脇本陣4軒、旅籠の数では東海道の対岸『宮』に次ぐ大きな宿場町で、海上七里の港町でもあり、桑名松平家(会津・松平容保公の実弟、定敬公の居城)の城下町でもあったところなのに。会津と一緒に賊軍となってしまったために、衰えてしまったのでしょうか。
  桑名に降りたのは初めてです。前々からここにある『諸戸邸』を見たかったからです。駅から諸戸邸のある『六華苑』までは徒歩15分ほどらしいので、歩いていくことにしました。人もまばらな通りを歩いていきますと、《薩摩義士墓所》と門標が立つ寺院があります。
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  薩摩義士?あれかなと思い、門に近づいてみますと、やはりそうでした。江戸時代、幕府よりお手伝い普請で、薩摩藩に木曽三川の土木工事を命じられます。お手伝いとは名前ばかりで、実際は藩の負担による大土木工事です。経済的にも、人的にも大変な犠牲を払い工事は終了しますが、工事の責任者は藩の財政数年分の経費を費やしてしまった責を負い、自害して果てます。ここがそこなのか。薩摩藩には、いわれも何もない無縁の土地の工事です。どんな思いだったでしょう。
    『諸戸邸』は『六華苑』という公園の中にあります。日本の森林王と呼ばれ、土地を買い取る会社を興し、一時は日本一の大地主と言われた酒田の本間家より広い土地を持っていたそうです。恵比寿から世田谷まで、他人の土地を踏むことなく行くことが出来たとか。ここには、ジョサイア・コンドルが設計した地方に残る唯一の洋館があって、それが和館とつながっているという東大の藤森照信教授らが、路上観察学会とかNHKの番組で是非見ておいてほしい建築物だと紹介しておりました。
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  洋館と和館の接合部の外観は写真の通りですが、家の中から見ますと、洋館側から和室に降りるには4・5段ほどの階段があります。『六華苑』に隣接して諸戸家庭園がありますが、ここは24日から期限付きで公開とのことで、残念見られませんでした。
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by JF1EBPKH | 2016-04-20 22:32 | | Comments(0)

志摩観光ホテル

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  昨年5月から、耐震設備対応のため休業していた日本の名門ホテル『志摩観光ホテル』が、ようやく工事が終わり、来月予定のG7サミット会場になる前に、旅行会社の社員に試泊をさせてくれるというので、急遽行ってきました。半年前に、伊勢神宮にお参りに行ったばかりですが、志摩観光ホテルに泊めていただけるなんて、仕事でもない限り泊まれそうにないところです。食事も夕・朝と付けてくれるというのです。これは、行くっきゃありません。ゴールデンウイークも、今年は博物館の講義で終わってしまいそうですし、交通費を払っていくのだから、1泊ではもったいないと、名古屋にもう1泊して、2泊3日の旅行にすることにしました。
日程は、17日(日)~19日(火)です。寄って行きたい所は、桑名、白子、松阪の3箇所ですが、中日の月曜はどこの施設も休館です。鈴鹿市白子(しろこ)の伊勢型紙・人形墨資料館や大黒屋光太夫の記念館などは、月・火と連休です。まぁ、何たること。でも、ここは以前行ったことがあるので、まぁいいか。なので、松阪を2日目にし、日曜は桑名まで回って名古屋に戻ることにしました。

  
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by JF1EBPKH | 2016-04-19 21:37 | | Comments(0)

浅草 流鏑馬

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  昨年に続いて、今年も見に行ってきました。浅草の流鏑馬(やぶさめ)です。あの狭い隅田公園でよくもやるものだなぁ、と感心してしまいます。今年の騎手にはフランス人の方もいて、インヨーの掛け声も勇ましく、見事的を射抜いておりました。また、中学生が赤い布を地面に着けずに馬場を走り抜けるというデビューのお披露目もあって、ヤンヤの喝采を受けておりました。
  浅草の仲見世は数年前よりはるかに人出が多くなって、外国人も一杯です。着物を着て喫茶店に入っている女性もいて、京都化しつつあります。雷門の周辺には観光客がたくさんたむろしているのですが、流鏑馬なんて一番日本的な催し物をすぐ近くでやっていることなどご存じないのです。それが誠にもったいない。
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e0116694_21322730.jpg中学生の騎手もいれば、女性の騎手もいます。後片づけのガテン系のおじさん達も、何故かかっこよく見えます。
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by JF1EBPKH | 2016-04-16 20:43 | 日常 | Comments(0)

私の本棚89

e0116694_23114212.jpg  帰宅時間が早くなったので、時々大和の古本屋に寄っています。先日、廉価本の棚に、竹田米吉著『職人』(中公文庫)と、川瀬一馬著『柚子の木』(中公文庫)がありました。何と、100円です。『職人』は、学生の頃、単行本で持っていました。でも、数年前に本の整理をした際、処分してしまったようで、書棚に見当たりません。100円ならダブってもいいかと、購入して再読です。
  この本は、職人が自身のことを書いた本としては結構有名な著作です。著者の竹田米吉氏は明治22年神田の棟梁の家に生まれ、大工の修行から始めますが、若くして鐘紡の向島工場、王子製紙の苫小牧工場などの現場監督を経験します。時代は、江戸の請負制から、近代産業として煉瓦や鉄筋工法に代わりつつあり、向学心に燃える氏は、築地の工手学校(現在の工学院大学)の夜間部に通い、次に創設間もない早稲田の建築科に学びます。その間に自身が経験した左官、ペンキ、土工、鳶などいく種類もの職人達の風俗、生活、考え方などが良くわかります。文庫のあとがきを読むと、単行本は山本夏彦氏が出版したそうで、絶版にしておくのはもったいないと、文庫本で再刊したそう。納得です。

随筆 柚の木 (中公文庫)

川瀬 一馬 / 中央公論社


  もう一冊は、国文学者の川瀬一馬先生の随筆です。でも、私には書誌学の大家として、何冊か読ませていただいてました。書名の柚子の木は、ご自宅に大きな柚子の木が数株あったことからで、柚子は実が成るまで、かなりの年を経ねばならないからだという。読んでみると、まあ、勉学の紙魚みたいに古書を漁っていらっしゃいます。安田善次郎氏から公私にわたる支援を受けたのも、この向学心があればこそ。敬服いたしますが、また古物の鑑定や古書の蒐集にかかわる各地の書庫探訪。そして、文楽や謡曲など、学問と趣味が一致しております。この本の序文を、なんと大漢和の碩学諸橋轍次大先生(川瀬一馬氏からは恩師にあたる)がしたためていらっしゃるのです。
  全国の古典籍の文庫を経巡りながらの食べ物の話など、学者でない部分が面白かったですね。論文でなく、随筆なればこそでした。
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by JF1EBPKH | 2016-04-16 00:14 | | Comments(0)