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<   2017年 01月 ( 6 )   > この月の画像一覧

  神奈川県立地球博物館が、「神奈川のおもな石材産地と石造物」展をやっておりまして、江戸城や江戸湾の台場などに使われた早川石、根府川石、真鶴石などの石切り場案内してくれるというので、行って来ました。早川とか根府川、真鶴など、石材に地名が付いているのはその石材を産出する地名からきているのはお判りだと思いますが、どのように違うのか、石材の切り出し場も案内していただけるというので、参加希望者多数の場合は抽選でというのを待ちかねての当選でしたので、喜んでの参加でした。
  会場へは少し早めに入って、まず展示物の見学です。石材ごとに、石の特徴、産出した地層や造形物が並び、石材を加工する道具類も展示されています。高級石材として他県まで流通した小松石など、研磨された石材は触ってみることも出来ます。地元の風祭石、かま石など、石にも地産地消があることも知りました。なかなかの展示です。
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  10時から学芸員の方の講演。神奈川県の地質と石材産地についてですが、地質学的には神奈川県は箱根火山、丹沢山地、三浦半島、大磯丘陵の4つに分けられ、火成岩の安山岩系、堆積岩系、変成岩系等大まかな特徴の説明がありました。同じ溶岩でも急速に冷えた場合と緩慢に冷えた場合などで、黒曜石になったり流紋岩になったりと組成の変化が生じることなど、確か高校の地学でも学んだはずですが忘れております。どの石がどんな有用な石材になるのか。石屋さんは大変ですね。
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  午後は、いよいよ石切り場へ。秀吉が一夜城を築いた石垣山方面へ向かいます。箱根ターンパイクに沿って、ずっと登り道になります。途中、柱状節理や板状節理の露頭を見、江戸城の石垣用石材として切り出されただろうと推定される石が、たぶん搬出途中で落下してしまい、そのままになってしまった石(1mx1mx2m)が置かれております。安山岩の比重が約3なので、この石は約6トン。
一度落としたら持ち揚げることが出来なかったのでしょう。
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  さらに少し登っていくと、先に行った集団の姿が見えません。訊けば、このターンパイクの道路下に石切り場があるんで、降りて行ったというんです。その下に降りる階段が、あまり重量に耐えられないので、戻ってくるまで待って欲しいと学芸員氏。しばし待って、道路の下へもぐっていくとありましたね。実は、この道路を作る際偶然石切り場が現れ、それも石切り場としての状況がすべてわかる状態だったので、埋め戻して固めてしまうのは誠に惜しいということで、この石切り場に橋を架ける要領で保存したのだという。何しろ場所は秀吉の石垣山の一角です。真鶴石は海岸の岩場に切り出した後が未だに残っておりますが、ここは歴史的にも話題になるところです。石切り場と石垣山。話がつながります。もう1km登るとその石垣山の一夜城址なのですが、そこはまた次の機会にします。
  
by JF1EBPKH | 2017-01-29 22:47 | 趣味 | Comments(0)
  第6回『瀬谷の埋もれた歴史を探る』講座が、先週と今週の2回に分けて行われました。先週は別件があって参加できませんでしたが、今週はその進行係を仰せつかっております。昨年は一聴講生でしたのに、えらい出世です。
  講座の題目は、先週が「三ツ境にすばる座という映画館があった」と、「街道の交差点二ツ橋の変遷」。今回は、「地名と地形でみる昔の瀬谷」と、「瀬谷の民話“妙光寺梵鐘”の由来」。いずれも、日常の会で内容は聞いておりましたが、地元だからこそのテーマです。聴講者は約50名様ほど。いずれも中高年以上の方々ばかりです。地元に映画館があったなんて、50年以前から住んでいないと知らないです。二ツ橋(中原街道と鎌倉道が交わるところ)の地名も、相模鉄道に二ツ橋駅があったことも、家康が駿府と江戸を往来する際通った道だとかも、なじみがなければ興味はないでしょう。しかし、地名はよく聴いておかないと、崖崩れや水害のおそれがある場所でもあるのです。知っている人からみれば、あんなところに家を建てて大丈夫か?という所だってあるのです。具体的に言ってしまうとまずい地名などもあるのですから、講師はけっこう気を遣っておりました。
  来週はこの講座の最終回。鎌倉ではやつと呼ばれますが、ここいら辺では谷戸(やと)と呼ばれる谷あいの奥、関東ローム層が水を浸みだす川の源流を訪ねる散策です。武相国境をまたいで歩く行程で、東京湾にそそぐ帷子川水系と相模湾にそそぐ境川水系の2つの水源を見て回ります。

神奈川 駅尽くし 神奈川県内の停車場・バス駅・宿駅のすべて~みんな駅が好きだった~

渡邊 喜治 / 東京図書出版


我が地図くらぶ会員の近著です。
by JF1EBPKH | 2017-01-28 23:24 | 趣味 | Comments(0)
  入院が決まった日、急いで本屋へ行きました。購入したのは、東海林さだお著『サンマの丸かじり』(文春文庫)、鳴海風著『和算の侍』(新潮文庫)、「選択」編集部編『日本の聖域 ザ・タブー』(新潮文庫)、上田秀人著『百万石の留守居役巻8:参勤』(講談社小説文庫)、池井戸潤著『鉄の骨』(講談社文庫)の5冊。東海林さだおさんや、上田秀人さんの本は出れば買っているので毎度の読者です。池井戸さんの『鉄の骨』は大手ゼネコンの談合の話。地下鉄工事を巡る談合を仕切る人がいて、昔ながらの建前と本音とコンプライアンスの葛藤を描いていました。六百数十ページになる文庫ですが、それぞれの立場の人物の描き方が良く表されています。
  鳴海風さんは、和算家の小説をすでに何編も発表していて、数学の普及に貢献したとして日本数学出版賞を受賞していますが、東北大学の大学院で機械工学を学び、デンソーに勤務しながら和算を題材とした作品を書き続けています。関孝和研究所客員研究員の肩書もあります。この本の中では、関孝和の一番弟子として円周率を計算した建部賢弘や、久留米藩の大名数学者の有馬頼徸(ありまよりゆき)ほか、私メの存じあげない江戸時代の数学者達をフィクションを交えて紹介しています。欧米より進んでいた分野もあったと言われる数学ですが、円周率はもとより、微分、積分、球の体積、度量衡、天文学の黄道、赤道、緯度、経度、暦学にも触れざるを得ません。難しさを感じさせない文章も貴重です。
  そして一番楽しみにしていた『日本の聖域』。広告を入れてしまうと、その広告主についての苦言は書けなくなると『暮らしの手帳』と同じ編集主旨があったからですが、もう少しつっこんだ内実を曝してほしかった気がします。入院していたせいか、自治医科大、国立がん研究センター、高齢者医療、日本内科学会など、医療行政やその周りの利権の不明瞭な部分に目が注がれました。また、今話題の電通や体協、自民党東京都連などの裏側なども描いており、税金の使われ方が実に安易であり、無駄が多いことも改めて愕然としてしまいます。原本の月刊「選択」は、1975年創刊だそうですから、かれこれ40年以上も続いていることになりますが、会員3万人に支えられているとはいえ、啓蒙誌としてより深い報道を今後も続けていってほしいと願うばかりです。

日本の聖域 ザ・タブー (新潮文庫)

新潮社


和算の侍 (新潮文庫)

鳴海 風 / 新潮社


by JF1EBPKH | 2017-01-17 21:30 | | Comments(0)

地図記号:水田

e0116694_2281350.jpg  入院中、読書と落語を聴くほかすることもないので、ヤフーのオークションを見ておりました。その中に、中古地図が出ておりまして、「戸塚」明治15年、「横浜西部」昭和56年、「東京西南部」昭和6年などとあります。学生時代、5万分の1地形図を全部集めようかと思ったことがありました。ところが、1,300枚近くあったので、こりゃあ無理。とても買えませんと諦めたことがありました。今、国土地理院はこのような地図を市販していませんので、欲しい場合はパソコンで検索して印刷(有料)するようになっています。学生時代の5万分の1地形図では、印刷部分が連続しての区分図になってましたから、三浦半島などは、先っぽの城ケ島しか印刷されてなくて、大部分が海で、横須賀を買わなければ三浦半島の地形図にならない不便さがありましたが、今は自分の決めたところを中心にして、5万分の1地形図を印刷することが出来るようになっています。
  ヤフオクでの開始価格はいずれも1枚200円。締め切りまで誰も入札しなかったので、結局7枚購入。うち一番古い明治15年の「戸塚驛」は、紙質が古びてないので再販品のようですが、記号はなく、枠外に相模國中部稿一號(第一軍管地方迅速圖)、参謀本部陸軍部測量局とあります。東海道線の横浜ー国府津間が開通するのは明治20年ですので、まだ東海道線は描かれていません。等高線、河川、相模國・/武蔵國の国境線らしきものと、村名、寺社名の記載だけです。しかし、道路はしっかりと実際の道路幅より広く描かれているようです。軍隊を動かすには、道路状況が最重要だったからでしょう。
  日本で地図の記号が正式に定められたのは明治13年の図式で、内務省地理局が作成した2万分の1地形図(いわゆる迅速圖)ですので、この参謀本部の地図は地図記号があっても不思議ではないのですが、描かれていません。写真の地図記号は、昭和21年9月印刷の5万分の1「藤澤」(この図の右上に我が町瀬谷が描かれていますが、厚木の飛行場はまったく描かれていません)ですが、水田の記号が3種類(大正6年図式で)描かれています。最新の平成14年の図式では、田は1種類。昔は、乾田、水田、沼田と区別していたのです。渡し場はもっと詳細で、人、人馬、汽船と分け、川の両側に船があるのか、ないのかの別までわかるようになっています。地図記号としては大正6年の図式が一番細かくて、畑も桑畑、茶畑、苗木畑、果樹園、葡萄畑、三椏(みつまた)畑など、商品作物でも重要な産品の区分がしてありました。時代が必要としたのでしょう。でも、田んぼは稲の切り株を連想させる大正6年図式の方が、ピタッと頭に入るような気がします。
by JF1EBPKH | 2017-01-11 22:06 | 趣味 | Comments(0)

お正月やり直し

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  ようやく退院が出来ました。寝正月も疲れました。何にもすることもなく、酸素を吸いながらの点滴が約6時間の毎日です。年末年始のテレビは毎年つまらないから、文庫本5冊、落語のDVDを50枚持ち込みました。悪いのは左の耳だけですので、イヤホンは右耳に入れれば、不自由はありません。これは大正解でした。落語を録ってあっても、普段じっくり聴く時間はあまりありません。それがベッドに横たわりながら、点滴中にゆっくり聴くことが出来ました。昔、テレビがまだ我が家になかった頃ですから、今上天皇が結婚なさる前です。その頃はラジオが全盛で、親父がよく落語を聞いておりました。先代の金馬の「居酒屋」とか、痴楽の「綴り方教室」、講談や浪曲もわからないながら聞いていたもんです。そんな昔を想い出しておりました。
  しかし、年賀状が出来ていません。墨の骨版は出来ているのですが色版がまだでした。そんなわけですから、今年の年賀状は退院してから仕上げます。今年は、年賀の御挨拶が遅くなってしまいますが、ご了承下さいませ。
  正月はやり直しです。高島屋に予約していたおせち料理は、私の不在中に完食されてましたので、連れ愛は退院祝いも兼ねて、ご覧のような料理を作ってくれました。お屠蘇は、春日大社から毎年いただく屠蘇を"久保田"に浸して。そんなのは"沢の鶴"でいいのにねぇ。そのあとは、熱燗でいきたかったのですが、お屠蘇が一合近くあったので、それを空けたあとは燗もせずいただきました。つまみが美味しいと、お酒も美味しいです。
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by JF1EBPKH | 2017-01-05 20:20 | 日常 | Comments(0)
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新年 明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願い申し上げます。皆様方におかれましては、元旦から暖かな良いお正月をお迎えのことと思いますが、私メは何と病院にて入院の身の上なんでございます。年末に突発性難聴との診断が出まして、即日入院。耳の神経は、復元することが無いんだそうでして、早ければ早いほど回復はしないけど、悪くならないようにするためなんだそうです。お医者様にそう言われれば、年末から正月にかかってしまうとはいえ、従わざるを得ません。しかし、入院しても、その治療は点滴だけなんですよ。4時間から5時間かかるんですが、酸素を吸入しながらなんで、まぁその通院は難しいかも知れません。でも、こりゃ、正月には病院のベッドが空くので、その空きベッド塞ぎにされたものかも知れません。年末年始の休みはいっぱい取ってあったから、仕事の方は大丈夫ですが、年賀状が作りかけです。退院まで、もう3・4日掛かりそうなので、今年の賀状が遅れますこと、お詫びかたがた、ご案内申し上げます。 もう、暇で暇で。
写真は、病院の元旦の朝食です。
by JF1EBPKH | 2017-01-01 11:22 | 日常 | Comments(0)